深淵に響く足音
服部 剛
人は誰もが
完きできそこないであり
どこへ行っても人の輪へ入れば
金曜の夜の飲み屋では
ぶーすか ぶーすか 愚痴っており
海の向こうでは今もなお
殺し合いが続いており
かく言う僕さえ
自分の瞼の上に
埃がつもっているのを知らぬまま
口にする言葉よりも早く
他人の表情を打ち消している
「 皆で手をつなげば「和」ができて
心の姿は丸くなるのに・・・ 」 と
人の心のたくさんの穴ぼこを埋めきれずに
今夜も帰りのバス停でうつむいて
独りでバスを待つ酔いどれのそげ落ちた肩に
ほの白い光の蝶々が舞い降りて
「 穴ぼこひとつない完き心には羽が生え
天へと昇っていってしまうでしょう 」
と耳元に囁いて ふっ と姿を消しました
〜
人は誰もが
唯一無二の完きできそこないであるゆえに
「あなたの声を出せばいいよ」 と
時にそっと呟きたくもなり
古の書物に手を置いて
耳を澄ませば
「私の前に あなたは 尊い」 と
光が闇を包みこむような ・・・・・
闇の内に光が芽生えるような ・・・・・
深淵からの声が語りかけてくる
この瞼の上につもった埃を
両手で払い落とし
開いた瞳に映るのは
修羅の世を 独り往く 光の人
彼の音の無い足どりを
夜更けに 瞳を閉じて 聞いていたい
* 初出 詩のメールマガジン「さがな。」87号