1988年の秋に、私はそれまでの詩のかき方を精算すべく、個人詩誌「風羅坊」を創刊しました。コンセプトは、短く、平明で、身辺的であること。そこにはそれ以前に親しんできた現代詩的な構文への反発がありました。秋葉原でワープロ専用機を買ったその日のうちに、小詩集を編集、プリントアウトして、読んでもらいたい方々に勝手に送りつけたのでした。最初は30部でしたが、号を重ねるごとに部数がふえ、10年後には200部をこえました。まあ、一方的に送っているだけですから、部数の伸びは詩の品質とは何の関係もありません(笑)。原則として季刊ですが、最盛期には12ヶ月連続発行したこともあります。カネにもならないことに何故そんなに情熱を注げたのか。ひとつだけ言えることは、やはり少数でも読んでくれる人たちがいたということです。優しい読者のみなさんが、封書やハガキで感想をくれるのを、いつのまにか心待ちにしている自分自身の発見でした。1995年、それらの作品を「捧げる詩集」にまとめました。その顛末については重複するかもしれませんが、こちらにも記してあります→
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=6806。そうやって長期的につづけていると、私の短い詩は十行程度のものが圧倒的に多いことに気がつきました。それでそれ以後は意識的に十行の詩を構成するようにしたのです。私のなかの定型の発見でした。勝手に十行詩と呼んだりしました(参照→
http://www.geocities.jp/potter99rice/siy0.html)現在やっている「そろもん」は、その延長線上にあります。今度は五行詩の、しかし、あくまでも私のなかの定型の創出です。そしておそらく、ネット環境との出会いがなければ、なかった言葉たち。かつて「風羅坊」のあとがきに記したように、いまも私の思いはシンプルです。
「詩をかかない自分の家族や友人たちにも伝わるようなスタイルを思い描いてきた。現代の詩はそうした身近な人々が楽しんで読むには、あまりにも遠くまで行ってしまったように見える。次つぎにそのモードを脱ぎ捨てて新たな世界に旅立って行く詩人たちの詩は、これからも私の畏敬の的ではあるが、私はひとまず峠の茶屋を開店しようと思う。ここを足早に過ぎて行く者たち、先はまだまだ長い、ちょっと私の店に立ち寄って、ひとやすみしていかないかい?」 (「風羅坊別冊」より)