手像の指
服部 剛

老人ホームの送迎車から
半身麻痺まひで細身の体を
僕に支えられて降りたお婆ちゃんは
動く片手で手押し車のとってを握る

傍らに立つ僕は
宙ぶらりんの麻痺した腕と脇の間に手を入れて
動かない手を握り
傾きかけた体の上にビニール傘をさしている

10メートル先
家の門の両側に咲く
青や紫の紫陽花あじさい
雨に唄って揺れる方へ

「 よいこらせ〜のさ よいこらせ〜のさ 」

細道を ゆっくり ゆっくり 前へと進む 二人三脚

「 あたしゃぁ、声だけなのよ 」

と嘆きながらも
筋金入りの背骨を通って口から放たれるような
呪文の響きで濡れた路面を這ってゆく言葉

「 よいこらせ〜のさ よいこらせ〜のさ 」

手押し車のとってを握れぬ麻痺の手は
なぜかいつも人差し指だけ前方を指し示し
どしゃ降りの雨に濡れた日も
梅雨明けの広がる青空を目指して
八十二年の道程みちのりを歩いて来た
お婆ちゃんの明日への矢印だった

「 よいこらせ〜のさ よいこらせ〜のさ 」

門の両側から出迎える
雨に濡れた紫陽花の花達が
だんだん近づいて来る

お婆ちゃんが視線を上げると
玄関のドアが開いて

「 おかえり 」

と定年過ぎの息子さんが顔を出し
歩き疲れた顔は少しほころぶ

門の向こうに並ぶ
お婆ちゃんと息子さんに手を振り
傘をさしながら小走りで
細道を引き返す

無人になった車内の運転席に身を沈め
繰り返される日々の疲れに

「 ふう・・・ 」 

溜息ためいきをついた後
ハンドルの下に宙ぶらりんの
右手の力無く曲がっていた人差し指を
雨水のつたうフロントガラスの向こうへ
まっすぐ 伸ばしてみる 




自由詩 手像の指 Copyright 服部 剛 2005-06-26 20:03:06
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