惹句で満たして 1章
浅い殴打
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女の頸筋をつき破って
白い鰻の顔が渦を巻く。
その波が押し寄せるままに
わたしを そろ、り──
睨みつけている。
目薬を値踏みする瞳に
ライターの足踏みが
ぼおっと映った。
それは恐らく、
心の身動ぎに 似ている。
「最近めが
しばしばで……」
黒い髪がしっとり揺れる彼女は
わたしの中の 焦燥、おそれ
香り立つ嫉妬。
僅かに落ちる好奇心までも
見透かして
指を伸ばす、微笑う。
彼女の手筋が
ざらりと触れたのは
たった二ヶ月前の事だった。
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…………………
「そ、ですかしばしば…」
つかめると 思われている。
嗅ぎ取った倦怠感を 人質に
わざと距離をちぢめている
あしおとが 惹句のように響き渡る。
「最近厭きちゃったなぁ彼にも」
指を 動かしながら、
手際よく 書類を無言で裁いていく。
その細い眼鏡の淵には
昨晩彼とした行為の唾がまだ
糸のように
へばり付いている──
捲ったブラウスから
彼女の手首に噛み跡が見えた。
一昨日の「秘密」がまた
動き始める。
………………
「そんな瞳でみて
一体どういうもり?
…誘ってるの」
「見てません……」
「うそばっかり」
グロスのたっぷり塗られた
唇がぷるぷると秘密をのせて戦慄(おのの)く。
思い返せば、勤務初日に
「冷たい指ね」
「教えてあげるから……」
そう言ってわたしの左手へ
周到に熱を重ねて来た。
休憩中に 二人きりで入った化粧室。
「これ、あなたに教えてあげたいの」
と白いブラウスから、
背中の刺青をあらわにした。
わたしの左手を
青い薔薇が二輪咲く彼女の
腰へ這わせた。
骨ばっていて
非常に
ドキリとした。
掴まれた手首も、頸筋も、頬も
みんな熱くて怠い。
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「これ以上は、いけません」
熱も嘘もいけません。
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