ドキュメンタル
おまる
1
まちぜんたいが排水路ばかりで道らしい道が無かった。
2
排水路にはワニっぽい気持ち悪い生き物がウヨウヨ泳いでいてコイツらは排水路に落ちた人を喰いちぎってしまう。僅かな土地すべてに隙間無く家が敷き詰められていてどこもだいたい3階建てくらいの細長い建造物で絶壁という他無い排水路の切り立った側面に鉄の杭を打ち込こんで作られた人がようやく一人通れる程の足掛けの桟道がどこそこにへばりついている。その様な場所で商売が成り立つ訳が無く売店ひとつ見当たらない。うりあげより光熱費の方が高くつくにきまっているからだ。
3
僕は家を巣立つ時までこのまち半径3kｍ以内から出た事が無かった。上京したての頃、なんの神のイタズラか同郷の人に出くわた。話を聞くと実家のほとんど隣人であることが判明して驚いた僕は「世界は狭いですね」といって笑ったのだけど実際は自分の世界が狭かっただけだ。
4
ひところわざわざQ市にまでいってテレフォンアポインタをしていた。ある日業務中に奇妙な声に遭遇した。その声は死んだ父親の声にそっくりで不思議なことに会話はどうしても堂々巡りになるのであった。しばらくしたらその声は途絶えた。業務が終わり同僚と別れ自転車で数キロの帰路に就く。Q市は市電も市営バスも通っていない。うねるような丘陵地をぬうように配列された都市の風景の中を進んでいった。このときに一度道を間違えると知らない街区につきあたり面倒なことになるので気をつけないといけない。法律により通勤は毎回道順が変わるのである。市民が流動化しない為の工夫らしい。
5
ようやくQ市の中心市街地までたどりついた。真夜中の真暗な商店街はいつもよりも巨大にみえた。そこで偶然むかしの友達2人に出会った。自転車ふたり乗りだった。お互い邂逅を喜びあいながら市役所高校消防署大学病院体育館と地図記号をなぞるようにおもうままに走行した。彼らは無職なので治外の存在らしかった。おもいがけず随分遠くまで来てしまった。彼らと別れた後また街中の消防署の前を通ったら奇妙な既視感に陥った。僕はこんなふうに考えた。都市のどこにいっても同じだし逃げられない。それでは何故このまちはそのことを隠そうとするのだろう。
6
ちょうどそのとき通り過ぎた家の塀の向こうから目覚ましが鳴る音がきこえた。
7
僕は覚せい剤とかいわゆるヤクの類をやったことはないのだが誤解を恐れずに言うとその摂取に伴うハイ⇔ロウ体験には興味がある。ある知り合いから聞いた話だと（彼は○中そのものだったのだけど）その時は「自分の世界」が立ち込めてくるらしい。僕は彼におねがいしてその時のイメージを絵に描いてもらった。全裸の青年が「ワーイ」と言って草原を走っている絵だった。
8
彼の部屋は香水臭かった。アクアマリンみたいな安っぽくて胸糞悪い匂いだ。それとタバコの煙がミックスされてブ男のピロートークみたいな気持ち悪くてコクのあるブラックマシンミュージックが鳴り響いていた。彼は壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めると主張した。目の焦点が完全に離れている。僕はシカトして本棚に揃ってある「サザンアイズ」を読んでいた。一時経って彼が「おい」と呼びかけてきた。振り向くと中途半端に勃起させたイチモツを見せつけて「すごくね？」と言ってきた（ぜんぜん凄くないしどちらかというとお粗末な方だった）そのうちどかどかと彼の仲間たちが部屋に入ってきて何故か上半身裸で陰毛がはみ出る程にジーンズを腰ばきしている奴がいた。「このはきかたはきっと流行るよ」と宣ってきたので「いや捕まるし」とすかさずやり返すと何故かゲラゲラわらっていた。
9
部屋の主はまるで怪獣のフィギアの如く自分のイチモツと戯れている。その様子を見て何をおもったか馬鹿どもの一人がそれをしごきはじめた。ヒトしごきするごとに呼応するように「アン、アンっ」と外人のAVのような喘ぎ声を出す。ある瞬間物凄い速度でしごきたおしはじめた。部屋の主は白目をむきながらよだれを垂れて喘ぎまくる。Blazeの四つ打ちがヒステリックにアッパアしていた。すぐに事切れたがヒクヒクするだけで何故か精液はいっさいでなかった。
10
僕のクラスメイトに「精液」っていうあだ名の子がいて。なぜそんな下品なあだ名がついてしまったのかわからないのだけれど色の白い美少年だった。彼はいつも孤独で誰とも口を利かない。そんな態度にクラスのみんなも愛想を尽かせ完全に省かれていた。でも僕だけは彼の本心がわかっていたのだ。ある日「精液」は相も変わらず誰とも話そうともせず一人でニヤニヤしながらノートに何かを書いていた。僕は彼の座っている席に駆け寄り、そして机をガンガン揺らしながらこう叫んだのだ。「☆お☆い☆な☆ん☆で☆い☆つ☆も☆だ☆ま☆つ☆て☆る☆ん☆だ☆よ☆ほ☆ん☆と☆う☆は☆と☆も☆だ☆ち☆が☆ほ☆し☆い☆ん☆だ☆ろ☆」みんな笑っていた。ところが「精液」は思いのほか受け身になってしまったようでその日以来学校に来ることはなかった。先生が血相をかえて僕の所へやってきた。この時の為に用意していた言い訳をまるで立て板に水が流れるように語ったがこの先生にはまったく駄目だった。僕はそれまで生きてきてかつてないほどの回数のビンタを食らった。
まちぜんたいが排水路ばかりで道らしい道が無かった。
2
排水路にはワニっぽい気持ち悪い生き物がウヨウヨ泳いでいてコイツらは排水路に落ちた人を喰いちぎってしまう。僅かな土地すべてに隙間無く家が敷き詰められていてどこもだいたい3階建てくらいの細長い建造物で絶壁という他無い排水路の切り立った側面に鉄の杭を打ち込こんで作られた人がようやく一人通れる程の足掛けの桟道がどこそこにへばりついている。その様な場所で商売が成り立つ訳が無く売店ひとつ見当たらない。うりあげより光熱費の方が高くつくにきまっているからだ。
3
僕は家を巣立つ時までこのまち半径3kｍ以内から出た事が無かった。上京したての頃、なんの神のイタズラか同郷の人に出くわた。話を聞くと実家のほとんど隣人であることが判明して驚いた僕は「世界は狭いですね」といって笑ったのだけど実際は自分の世界が狭かっただけだ。
4
ひところわざわざQ市にまでいってテレフォンアポインタをしていた。ある日業務中に奇妙な声に遭遇した。その声は死んだ父親の声にそっくりで不思議なことに会話はどうしても堂々巡りになるのであった。しばらくしたらその声は途絶えた。業務が終わり同僚と別れ自転車で数キロの帰路に就く。Q市は市電も市営バスも通っていない。うねるような丘陵地をぬうように配列された都市の風景の中を進んでいった。このときに一度道を間違えると知らない街区につきあたり面倒なことになるので気をつけないといけない。法律により通勤は毎回道順が変わるのである。市民が流動化しない為の工夫らしい。
5
ようやくQ市の中心市街地までたどりついた。真夜中の真暗な商店街はいつもよりも巨大にみえた。そこで偶然むかしの友達2人に出会った。自転車ふたり乗りだった。お互い邂逅を喜びあいながら市役所高校消防署大学病院体育館と地図記号をなぞるようにおもうままに走行した。彼らは無職なので治外の存在らしかった。おもいがけず随分遠くまで来てしまった。彼らと別れた後また街中の消防署の前を通ったら奇妙な既視感に陥った。僕はこんなふうに考えた。都市のどこにいっても同じだし逃げられない。それでは何故このまちはそのことを隠そうとするのだろう。
6
ちょうどそのとき通り過ぎた家の塀の向こうから目覚ましが鳴る音がきこえた。
7
僕は覚せい剤とかいわゆるヤクの類をやったことはないのだが誤解を恐れずに言うとその摂取に伴うハイ⇔ロウ体験には興味がある。ある知り合いから聞いた話だと（彼は○中そのものだったのだけど）その時は「自分の世界」が立ち込めてくるらしい。僕は彼におねがいしてその時のイメージを絵に描いてもらった。全裸の青年が「ワーイ」と言って草原を走っている絵だった。
8
彼の部屋は香水臭かった。アクアマリンみたいな安っぽくて胸糞悪い匂いだ。それとタバコの煙がミックスされてブ男のピロートークみたいな気持ち悪くてコクのあるブラックマシンミュージックが鳴り響いていた。彼は壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めると主張した。目の焦点が完全に離れている。僕はシカトして本棚に揃ってある「サザンアイズ」を読んでいた。一時経って彼が「おい」と呼びかけてきた。振り向くと中途半端に勃起させたイチモツを見せつけて「すごくね？」と言ってきた（ぜんぜん凄くないしどちらかというとお粗末な方だった）そのうちどかどかと彼の仲間たちが部屋に入ってきて何故か上半身裸で陰毛がはみ出る程にジーンズを腰ばきしている奴がいた。「このはきかたはきっと流行るよ」と宣ってきたので「いや捕まるし」とすかさずやり返すと何故かゲラゲラわらっていた。
9
部屋の主はまるで怪獣のフィギアの如く自分のイチモツと戯れている。その様子を見て何をおもったか馬鹿どもの一人がそれをしごきはじめた。ヒトしごきするごとに呼応するように「アン、アンっ」と外人のAVのような喘ぎ声を出す。ある瞬間物凄い速度でしごきたおしはじめた。部屋の主は白目をむきながらよだれを垂れて喘ぎまくる。Blazeの四つ打ちがヒステリックにアッパアしていた。すぐに事切れたがヒクヒクするだけで何故か精液はいっさいでなかった。
10
僕のクラスメイトに「精液」っていうあだ名の子がいて。なぜそんな下品なあだ名がついてしまったのかわからないのだけれど色の白い美少年だった。彼はいつも孤独で誰とも口を利かない。そんな態度にクラスのみんなも愛想を尽かせ完全に省かれていた。でも僕だけは彼の本心がわかっていたのだ。ある日「精液」は相も変わらず誰とも話そうともせず一人でニヤニヤしながらノートに何かを書いていた。僕は彼の座っている席に駆け寄り、そして机をガンガン揺らしながらこう叫んだのだ。「☆お☆い☆な☆ん☆で☆い☆つ☆も☆だ☆ま☆つ☆て☆る☆ん☆だ☆よ☆ほ☆ん☆と☆う☆は☆と☆も☆だ☆ち☆が☆ほ☆し☆い☆ん☆だ☆ろ☆」みんな笑っていた。ところが「精液」は思いのほか受け身になってしまったようでその日以来学校に来ることはなかった。先生が血相をかえて僕の所へやってきた。この時の為に用意していた言い訳をまるで立て板に水が流れるように語ったがこの先生にはまったく駄目だった。僕はそれまで生きてきてかつてないほどの回数のビンタを食らった。
