シング・ア・ソング
ホロウ・シカエルボク


目の落ち窪んだ梟が窓際でエコー&ザ・バニーメンを口ずさんでいた、フレージングはイアン・マッカロクよりも古臭くて俺好みだった、冬の始まりの骨が凍るような晴れた午後、心境はブルースに制圧されていて、ものに溢れた部屋の中は今日日のトレンドからはかけ離れていた、一応整理してはあるが、どこに何があるかをひと目で把握するのは不可能に近かった、断捨離という考え方が好きではない、あれは自分の趣味趣向に何の責任も持たない人間のやることだ、雑誌は古くなればなるほど読み返す楽しみがあるし、しばらく聴くことがなかった音楽も歳を取ってから聴いてみると以前の印象とは違って聴こえたりする、最近聴いていないからとどこかに売っぱらったりするのは間違いだ、それはすでに自分を形作っているひとつの要素なのだ、そしてそれを思い出すごとに再考してみるというのは、自分が日々どれだけのものを手に入れているかという確認にもなる、以前聴こえていなかった音だって聴こえるようになる、成長過程の中で触れて来たものというのはその後もずっと意味を持ち続ける、俺はほとんどのものを棚に突っ込んである、もちろん、金に困って売ってしまったものもある、でも時々、思い出して買い直したりもしてみる、真剣に向き合ってきたものなら、思い出しもしないなんてことは絶対に無い、いや―ちょっと待て、昼間なのに梟が居るのか?慌てて窓際に視線を戻すと梟はもう居なくなっていた、イアン・マッカロクの声は梟と言えば梟かもしれないが、パソコンのプレーヤーで流しているのはローリング・ストーンズだった、時々はそんなことがある、まあ、梟が歌っている時点で異変に気付けないのは欠陥だと笑うほかない、目を覚ますためにインスタントコーヒーを入れた、それ用の小さなケトルがある、インスタントコーヒーのための湯を小さな手鍋で沸かすのはなにかこう…詩的ではないと思った、ああ、真面目に聞かないでくれ、もちろん冗談だ、とにかくしっくりこないなと思ったのでホームセンターで一番小さなものを買って来た、家にあるものの中で一番手に取る道具かもしれない、ピーナッツを摘まみながら飲み干すと多少目が冴えた気がした、昔なにかで読んだことがあったのだけど、コーヒーに含まれるカフェインの効果は三十分程度だとか―だから、「昼コーヒーを飲んだから眠れない」なんていうのは迷信だとかいう話だった、まあ、俺自身はコーヒーのせいで眠れないなんて経験をしたことが無いから、どうでもいい話ではあるけれど…特別印象深い話でもないのに、ずっと脳味噌に張り付いてしまう話題がある、そんな経験ないかい?まったく、ボンネットを開けて配線だのパイプだのをいじるみたいに、脳味噌に手を入れることが出来たらいいのにね?自分で脳味噌の世話が出来るようになれば、催眠術や霊感商法や医者や洗脳の世話になることもないぜ、まあ、脳味噌の世話ったってなにをすればいいのかはわからないけど―でも、精神を保つために出来ることはたくさんある、煙草は吸わない、酒は飲まない、もともとどちらもそんなに好きじゃないから俺には出来るってだけの話だけど…それから、最低限のトレーニング、書いているもののリズムが肉体に反響しなくなると、文章の鮮度だって落ちる、これは絶対に確かな話だ、環境を出来るだけ整えたり、余計な用事は先に済ましておくことなんていうのもある、簡単に言えば、気が散らないようにするためになるべく出来るだけのことはしておけということだ、さて、ちょっと報告したいことがある、梟が窓際に戻って来てフリートウッドマックを歌っている、意地悪気にニヤつきながら―酷い選曲だ、と俺は思った、だから、ブーイングを飛ばしてやった、すると梟はさらにデカい声で歌い始めた、なんていう音量だ、ボイストレーニングが完璧に出来ている、どうでもいいことに感心しながら窓を開けてそいつを追っ払おうとしたが、窓はなぜか開かなかった、梟は歌いながらますますニヤリとした、外から何か仕掛けをしているらしい、そうか、俺が外に出て行けばいいんだ、俺は玄関へ向かって走った、珍しい鉄の靴ベラを持っていたので、それを取って部屋の窓へと走った、梟はすでに居なくなっていた、窓は、レールにびっしりと小石を敷き詰められていた、クソッ、危うくガラスに靴ベラを叩きつけるところだった、まあ、でも、小石を少しずつ掻き出すには最高のチョイスではあった、俺は丁寧に小石をすべて排除すると、窓を数度開けたり閉めたりして問題ないことを確かめた、家に戻ろうと向きを変えると、そこに丸々と太った初老の男が居た、何か用か?と俺は尋ねた、いやぁ…と男は言いにくそうに話し始めた、「ここはあんたの家?」「そうだけど…?」「ここの前を通りがかったら、家の中から凄く大声で歌っている声が聞こえたもんでね、いったい何だろうと思ってね…」




自由詩 シング・ア・ソング Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-11-09 15:12:29縦
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