深紅の蜜
ホロウ・シカエルボク


肉体を極小のコンカッセにして、焼けたトタン屋根のプライパンで焦げるまで焼いたら一気に口の中に捻じ込む、硬い食感とハッカを混ぜ込んだような奇妙な味の中で、脳髄は普段開いたことのない扉の奥へと…これは猟奇的な話なんかじゃない、あくまで感覚的なことだ、俺がなにかを書こうとするとき、身体の中ではそういった風景に近い感覚が繰り広げられている、その時でなければ開けられないドアがある、もしも事前に開いていたとしても、俺自身がその時でなければ潜ることは出来ないだろう―もっとも俺がそこを潜れなかったことなんておそらくは一度もないけれど―簡略化して語るならすべてのパーソナルなしきたりを滅茶苦茶にするということだ、個人としてのこだわりをぶち殺すのだ、それも、出来るだけ残酷な殺し方が良い、イマドキのコンプライアンスになんて乗っかる気にもならないさ、すべてを見つめたことのない目で何を語ることが出来るというんだ、語れというのなら手前の肉の味まで語ってみせるさ、それはストイックな行為じゃない、時に俺はそういう見方をされることもあるけれど…その実は普通の人間が呆れかえるくらいの快楽主義者なんだ、そう、俺の脳内麻薬の純度は限界越えの上物だぜ、覚悟がなければ味わうこともままならない、俺はぐちゃぐちゃの渦の中にわが身を投げ出して呼吸の限界まで耐える、どうしようもなくなったときなぜかきちんと陸地へと吐き出される、もしも戻ってこれなかったらなんて考えることもあるけれど、そのときは報告することなんて出来そうもないな、どのみち人生は有限だ、出来ることを目一杯やらなくちゃ誰に何を誇ることも出来ない、といっても生き急いでいるわけじゃないんだ、太く短くなんて趣味じゃない、細く長くなんてもっと興味がない、しいて言うなら「太く、出来るだけ長く」って感じかな、欲張りだって?それの何が悪い、だってこれは自分で叶えることが出来るんだぜ、俺がそう言ってるんだから間違いない、常にその時頭の中で燻っている考えに身を任せてみるんだ、再び火をつけて、その炎の中に浮かび上がる啓示に飛び込むのさ、それは時には進化と呼ばれ、たまには退化とも呼ばれる、でもそんなのどっちだっていいね、俺は読み手じゃない、読み手のことなんか考える必要はない、好きに書けばいいだけさ、それに、それは進化でも退化でもない、それは調整みたいなものさ、自分の望む形にもっと近づくために、角をきつくしたり、逆に丸みを帯びたものに変えてみたりするんだ、そうして時間を置いて見え方を確かめる、ここ最近はそんなことばかりしていたな、割と大事なことだったんだ、これからも同じことをやり続けるのか、それとももっと色々なものを取り込んで変化し続けるのか、そんな瀬戸際にずっと立っていた気がする、新しい書き方をした最初の日は楽しかった、自分にそんな書き方が出来るとは思っていなかった、そんな書き方をした、俺はそれによって、すべての文章のサイズを綺麗にまとめるやりかたを覚えたんだ―こんな話をしてもほとんどの人間には何を言っているのかわからないと思う、まあ、それはそれでいいんだ、ただ、俺はいろいろなことを試していたんだということを話してみただけさ、自分にその必要があることは少し前から感じていたからね、理想の書き方じゃない、理想の結果を求めるようになったと言えばわかるかな、スタイルやステイタス、スタンスなんかにこだわっても仕方が無いんだってことがわかったのさ、ぎちぎちに文字が詰まった二千文字程度の作品、俺の書くものなんてみんなそんな感じだろう、でもその結果に行きつくための工程はここ二年くらいでとても大きく変化したんだ、何日かかけて書いてみたり、一日で書くときはちょっと速度を変えて三分割ぐらいずつ仕上げたりね、とにかくいろんな書き方を試してみたんだ、そしてこういうものを手に入れた、もう俺にもどんな書き方が正解なのかというのはまるでわからない、でもそれはまだ、答えを出す段階じゃないと思っているよ、こなれてくるにはもう数年は必要なんじゃないか、もちろん、急に死んだりしなければの話だけどね、まあ、予定はないよ、少なくとも視野に入れてもいないよ、でもさ、思いもよらぬところで死の淵に立ったりすることだってあるからね…そういうすべてを飲み込んで、何度も試して出来上がっていくんだ、まとめる、っていうのは作品的な話じゃない、書き方を含んだ人生のすべてを集約するという意味なんだ、俺はまとめたりなんかしない、いまさらそんなこと言う必要も無いのかもしれないけどね、ありのままに投げ出すのがこういうのは一番なんだ、だけどそう、ばらばらに投げたりとか…いっぺんに投げたりとかね、ペンキを壁にぶつけて描くアートみたいなもんさ、速度とリズム、それからある種の恍惚、引き摺り出される無意識下の怪物、それが俺の思う詩作ってやつさ、怪物は蛇のような形をしているが、外皮には滑り止めのようなものがついていて蛇みたいにつるつるじゃない、そいつを力ずくで引き摺り出す瞬間の快感って言ったら!そのまま死んでもいいって思えるくらいさ、でもそんな思いのおかげで俺はこうして生きていて、いつまでもそいつを感じたいと考えている、そうさ、こんな種類の快楽は、この作業でしか味わえないんだから。



自由詩 深紅の蜜 Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-11-06 22:29:29縦
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