モノローグ・ギャングの照準
ホロウ・シカエルボク
知らないでいたって別に困るようなことはなにもないけど、余計なことをたくさん知っている方が人生は楽しいんじゃないかと思うんだよね、どんなに金を貯めても魂が肥えるわけじゃないからね、俺が欲しいのはいつだって魂の肥やしなんだ、あの世に持っていけるのは魂だけだからね、やがて来るだろう輪廻転生のことを思えばさ、そっちを育てることに躍起になった方がずっといいじゃないか、人間は死んだらそれで終わり、なんていう話がある、生まれ変わりなんかないってね、でもさ、前世の記憶を持って生まれてくる子供なんかごまんと居るじゃないか、以前はどこそこに住んでいてこんな名前だった、なんてさ、調べてみたら本当にそういう人が居た、親族に会わせてみると実際に一緒に過ごした過去がないと到底知り得ないことをたくさん話した、なんて話は珍しくないんだよ、それでも死んだら終わりって言ってるやつらは、なにを根拠に話しているんだろうかね?まったくああいう手合いは、自分の中ですべてを完結出来ると考えている節があるからな、現実を見ないででっち上げるだけのエセ賢者さ、相手にするだけ時間の無駄ってもんだよ、そう、輪廻転生がないんなら文学だって無意味だ、音楽だって、絵だってね、それはずっと受け継がれて繰り返されながら少しずつ形を変えていくものなのだから、そういうのは感覚で理解出来ないと意味が無いのさ、頭でっかちになって、自分の枠から出て来れないやつなんかお呼びじゃないんだよ、まったく、訊いてもいないのに勝手にドアを開けて上がり込んできて喋り倒しやがる、俺に出来ることは押し出してドアを閉めることぐらいさ、単純な話じゃないんだ、もの凄く複雑なプロセスを同時にいくつも進行させてこんな文章は出来上がるんだ、俺はね、混沌は混沌のまま差し出すのがシンプルだと思ってる、それは俺が唯一確信している事柄だと思う、そりゃそうさ、混沌は混沌でしか在り得ない、逆に言えば、混沌の中にはすべてがあるんだよ、だから俺は混沌に惹かれるのさ、詩はもっとも自由に出来る自己表現の頂点だと思う、書いている人間の数だけ真実とルールがある、そして誰もそれに異議を唱えたりしない、非常にパーソナルで可能性の多いツールだ、マルコム・マクラーレンがもしも一世紀早く生まれていたらキチガイ詩人をプロデュースしたと思うよ、いや、あいつが自分で書いたかもしれないな、誰がバンビを殺したのか?ってさ、お前自身だよ、お前でしか在り得ないよ、マルコム、飛行場のシーンカッコよかったぜ、でもいつだってお前はそんなことばかりなのさ、だからジョニーはお前を見捨てたんじゃないか、まあ、そんなことはどうだっていいや、つまり俺が言いたいのは、解釈はイメージだけにしとけってこと、事実は限定するべきじゃない、「以上の理由でこうだと思います」なんて、そんな文章誰が読みたいと思うんだ?少なくとも俺は読みたくは無いね、ああそうですか、っていう感想しか出て来ないからさ、それは表現として不自由なんだ、大事なのは自分で考えることだ、なにに手を付けてなににつけないのかを判断しながら書くことだ、それによって読むやつが自分で考えるかどうかが決まる、まあ、なにを読んでもたいして考えない人間ってたくさん居るけどね、ああいうのは本当に面倒臭いよ、よく喋るわりにまったく話が先に進みやしないんだ、一番浅い解釈しか出来ないからさ、おまけにいろいろ邪念や雑念も絡んでいるしね、いや、むしろそれだけで読んでるのかもしれないな、まったく本当に、もう少し落ち着けよってくらい唾を飛ばして喋るからね、例えば人生について考えてみるといいよ、人生なんて気にしなければぼんやりとした日常を繰り返すだけのものだろ、だけどその日常の中にある様々な風景にフォーカスを当てて分解したりイマジネーションを組み込んだりすれば、それはかけがえのない景色になったりするんだ、大事なのは見ることじゃない、見たものをきちんと脳内で処理出来るかどうかなんだ、分解して、想像して、そこにどれだけのものが隠れているのか解きほぐしてみるんだ、そうすることで自分の中でなにかが生まれてくるのを感じるんだ、それは生への欲求かもしれない、あるいは厭世観かもしれない、あるいは高純度の悟りかもしれない、どれかが欠けていてもいいし、どれかがふたつあってもいい、さっき言ったろ、それは混沌ということなんだ、なにもかもごた混ぜになっているのが当り前なのさ、どうして言葉にして理解しないといけない?頭で理解することなんかそんなに重要じゃないよ、まずは身体が感触としてそれを覚えて、それを少しずつ脳に伝えるんだ、長い時間をかけてそれはある程度精度の高い答えへと変わる、それは結論を求めないからこそ出来ることなんだ、解答を求めてしまえば結果を焦ってしまう、でもそれにはどれだけ時間がかかるか誰にもわからないんだよ、早くわかることもあるし、遅くわかることもある、様々なコンデションが関係してくる、人間の理解のプロセスはひとつとして同じものはないのかもしれない、俺たちは思っているより刹那的な生きものなんだよ、ただ妙に考え込みたいだけの生きものなんだ、だけどさ、それを拒否したら動物と同じなんだよ、それならこんな込み入った骨格と脳の構成を持って生まれてくる必要なんかないんだ、ねえ君、一度じっくりと考えてごらん、君の中にある完結した世界が、現実より広いなんてことは絶対に在り得ないんだぜ。
自由詩
モノローグ・ギャングの照準
Copyright
ホロウ・シカエルボク
2024-10-13 21:51:42縦