love sick 3
ルルカ new
「あ!新垣結衣ですよ!」
私が言い終わる前に、ドクターの視線は、テレビに映っている彼女をとらえていた。
「ガッキー、やっぱ可愛いですよね!純粋で、控えめな感じが、ドクターの好みにガッチリはまっているじゃないですか!」
ドクターは、苦い表情をごまかすように、苦いお茶をのどに流し込んだ。
「ドクター、結婚されないんですか?」
「深沢君。デリケートゾーンには触れないように。」
真顔で、そう言うドクターが、おかしくてたまらなかったが、なんとかこらえた。
「それにしても、どうして急遽、午後休患にしたんですか?」
しかたなく、話題を仕事に戻す。
「昨日の患者・・・。」
「あのキレイな男性ですか?」
「勘がいいね。そう。市川雄人だ。」
ドクターの眉間にシワが入る。
「彼は、なかなかてこづるかもしれん。」
「え?でも、彼、先生の処置をよく理解して、その通りにしますって。
昨日、おっしゃっていたじゃないですか。」
「そこが問題なんだよ。従順すぎる。」
「従順ですか?」
「そう。男性にしてはね・・・。そろそろかな・・・。」
ドクターが、そう言ってからすぐに
電話が鳴った。
「はい。Love sick 医院 高村です。・・・はい。・・・はい。
そういう事でしたら、はい、お受けいたします。
すぐ、いらしてください。」
「ドクター!」
私は、張り詰めた表情でドクターを呼んだ。
「休患、市川雄人か。」
「ドクター、なんで・・・。」
なんでそれがわかったのだろう。
私がそう問うが早いか、またドクターは言った。
「カルテの用意を。落ち着いて。大丈夫です。」
ドクターは、私の背中をポンとたたいた。
幼い頃、登校をしぶる私に母がそうしてくれていたのを思い出した。
「はい。ドクター。」
私は、こたえた。心に体に力がこもる。
運ばれてきた、市川雄人を見て、私は息を飲んだ。
「市川さん?市川雄人さん?」
ドクターの呼びかけに、市川雄人はピクリと体を動かした。
市川雄人・・・そう。彼は、男性のはずなのに目の前にいる、この人は、
赤い口紅をぬって、ミニスカートを履いて、どう見ても、
見るからに女性の風貌をしていた。
もう一度、ドクターが呼びかけると、今度は、うっすらと目を開けた。
「いい男性を見つけたのですね。」
「はい。とてもいい男性を。」
彼は、うっとりと言った。
その美しい表情と顔にある赤い手形が、ひどく違和感があった。
「いいですか。あなたは女性のような従順さをお持ちになっているそして、まるで女性の様に、いや女性以上にお美しい。そんなあなたを男性は愛するだろうが、手形。そう、その手形。あなたが女性として生きると、男性には愛されますが、女性には嫉妬されるでしょう。」
「・・・はい。」
市川雄人は美しく微笑んだ。
そして言った。
「男性としてなら、男性に嫉妬されないとでも?」
「・・・それも無理だという事を昨日お話しましたね?」
ドクターは、感情をいれずに言った。
「あなたは、私に中性的な人間となるよう、指示をだされましたね?」
「・・ええ。そうです。」
「先生が私をどうにか治そうとして下さろうとした、お気持ちはよくわかりました。私も昨日は治したい一心でこちらにうかがいました・・・。でも、わかったのです。
私は、女になって、女から嫉妬されようが男性に愛される事が幸せだと。」
「それがわかったのならば、後は女性からの嫉妬を、いかに回避するかを考えるべきでしょうね。これからが、治療です。」
「!」
市川雄人は狐につままれたような顔をした。
「どうされました?」
ドクターがさらりと聞く。
「だって、これからが治療って・・・。今までのは・・・。」
「まあ、前段階といった所でしょうかね。」
緩く微笑んだ。
市川雄人は、顔を赤くして、困ったような泣き出しそうな表情をした。
ドクターは、そちらには目を向けずに、カルテにペンを走らせた。
「では、女性に嫉妬されない方法。つまり、女性を味方につける方法を・・・という事でいいですね?」
ふわりと包み込むような声で、ドクターは言った。
「・・・はい。」
彼は小さく返事をした。
「・・・が、その前に確認したい事が。」
ドクターは目を細める。
「あなたはお役所勤めでいらっしゃいますよね?」
「はい。」
「はたして、そのあなたが男を捨て、女として生きられるか?・・・どうですか?」
雄人は、キョロキョロと目を動かした。
「それは・・・そうなんです。私は、性転換をしたいとは思いません。実を言うと、結婚するような時期には、男性として、女性を愛したいと思っています。女性として男性に愛されたい・・・その気持ちは、とても強く出来れば一生とも思いました。
しかし、普通の人として生きたい。やはり私は常識人なのでしょうね。」
「あなたは、今、ご自分で答えを出されましたね。」
ドクターが、いたずらっぽく言った。
「え?」
雄人は、思わず身を乗り出した。
ドクターが続ける。
「あなたが男性と恋はしても、結婚するつもりはないという事、時期が来れば、女性と結婚するつもりだという事を、アピールすればいいのではないですか?」
「そこですか!」
雄人が大きな声をだす。
「そうです!そして、その時期が来たら、何食わぬ顔で男性に戻ればいいのです。」
ドクターの瞳がキラリと光る。
「先生・・・でも、それでは私は欲ばりです。と、言っているようなものです。
常識人の仮面をかぶった欲ばりだと。」
雄人は、シュンとしてしまった。
「大丈夫です。人間とは、その多くがそのようなものなのですから。」
ドクターは、微笑む。
「いや、でも先生は違うでしょう・・・。」
いじけたように言う。
「いえ。私もそうですよ。人間の恋愛心理を知り尽くすだけでは満足出来ずに、世紀のモテ男になろうと、たくらんでいます。」
ドクターの言葉に、雄人は、こらえきれずに笑い出した。
「先生、ご冗談が、お上手ですね。」
「いえ。あなたが上手く、引き出したのですよ。」
雄人は、もじもじし出した。
「あなたは、まだお若い、これから、沢山、男性と恋愛して、将来は女性と結婚して。」
「・・・はい。」
雄人が顔を赤らめる。
「完璧な美しさを持ったあなたが、常識人の仮面をかぶった欲ばりというのは、プラスでもあるのですよ。普通の人にとってはマイナスなので欲ばりな部分は隠した方が無難ですが、あなたは、それを見せる事によって、印象が良くなります。
簡単に言いますと、プラスが大きくて嫌味になるので、マイナスを見せる事によって、バランスがとれる。ちょうどよくなるという事です。」
ドクターは、さらさらと言った。
「そう・・・なんですか。」
「はい。」
「あの・・・。」
雄人は、今度は身を乗り出した。
「私、どうやら先生に恋をしてしまったようです。」
ドクターは静かにうなづいた。
そして言った。
「私はだめですよ。」
「なぜですか?」
雄人は、切なそうな顔をした。
「私は、女性としてのあなたと付き合ったら、きっと結婚したくなってしまいますからね。」
「先生・・・。」
雄人は、瞳をうるうるさせて、まるで乙女のようだ。
「それでは、あなたが困るでしょう?」
そう言ってカルテを閉じた。
「ドクター。お疲れさまでした。」
私は、ドクターの好きなコーヒーをいれて持ってきた、
「ああ。ありがとう。深沢君。」
ドクターは、それを一口飲んで、暮れていく外の景色をずっと見ていた。