旅するエコー
ただのみきや

足跡は花のように孤独へ縫いつけられている
儀式めいた言葉の所作に尻を乗せたまま
視界を蝕まれてゆく 
こころの満ち欠けに
意味をあてがうこともなく 
残像は凍りつき
自らの裂け目で溺れながら白く劣化する


ひとつの冬から羽化した女が熱量を隠したまま
死者の体温を慮っているその唇の傾斜から
すべり落ちてゆく鈴の音が足下の瞬きに触れるか否かの刹那
バイオリンの弓で擦られて火花を散らし
開かれてゆく美しい骨格標本があった
庭園を閉じ込めた一冊の本あるいは色彩の薬瓶のような


目を閉じると荒く漉いた和紙の向こうにテントウムシが見えた


今朝漂着したのだ
無花果の静けさに
わたしはからだのない楽器 
旅するエコー
隠匿されたものを熟させ
自己を腹ませるもの


悲劇と神話を入れ墨した男 だがその影は厚みを増すばかり
おまえの捨てた土の母がお前の建てた肉体の終の棲家となる


なよやかな若芽となり震えながら欹てよ
閉ざされた白い布の向こう
風と光の戯れに想い忍ばせて


太陽の一滴の涙で煮えたぎり蒸発する
空も海も蟻で満ち
干上がった血の河は見えざる虚空と睨みあう
ひとつの巨大な煙突だけが所有物
無限に夢を焼べつづけ絶望の噴煙は己を包む


一羽の鳥が落ちる悔恨の便りのように
ただ乾いた記憶の奥底
過去の水脈の帰らぬ夢だけに波紋を呼び起こす
そして冬枯れの赤い木の実
まだ生の名残りを帯びた死
死を産み落としたばかりの生の搾りかすを
視界の端の暗い灯とし
忘却に包まれた価値ある何かのように
細めた目でいつまでもしゃぶっている


矛先を外へと向けよ
裂果せよ
自らの息みとうめきにより
他者の濡れた光のくすぐりや
ささやく小さな風たちの無暗な接吻によらず
裂果せよ
おのが虚空を炸裂させろ
めぐる響きの円環しきれない
半身の抱擁と半身の相殺
狂おしいもがきとゆらぎの中で


いわれを失くした記号の砂漠
青白い鬼火



                       (2023年1月28日)










自由詩 旅するエコー Copyright ただのみきや 2023-01-28 14:23:21
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