拝啓、浄土の炊飯器
福岡朔

炊飯器が天に召されて三度目の冬
あれから飯はフライパンで炊いてます
浸水三〇分ってのは変わりませんが
一〇分で炊けるんだからやめらんない

着火して 最大火力で加熱
ガス台の隣でうすい文庫本など読みます
中華素菜のレシピ集がおもしろい
素菜って ようするにお精進ですが
卵はゆるされてるし 油も惜しまないし
わたしの煩悩は浄化されそうにありません

さて 五分が過ぎた頃 フライパンがたぎり ぷぅと噴く
したらばすかさず弱火にし さらに頁をめくります

このところ 肉も魚も欲しくはなくて
酢味のおからを炊いて 飯にかけてたべてます
動物を摂らぬ日々 たしかに攻撃性は減少しました
草食のいきものの肉は旨いとの由
煮ても焼いても食えぬと評判だったわたしも
ちょっとは美味しくなりつつあるのでしょうか

さて フライパンがちりちり言い始めました
ここで再び最大火力 しばらくぢりぢり言わせます
はい消火 めしが炊けました おこげもあります

拝啓 浄土の炊飯器 きみの不在にも慣れました
   この先おそらく後添えを迎えることは有りません
   父母の棲む家を飛び出して きみと出逢って暮らした日々
   来し方を振り返れば 置き忘れてきたもの たんと有る
   けれどきみが居なくともわたしは ねぇ、ねぇ 
   ええ、めしを喰い 酒喰らい 
   なんとか今日も生きてます            敬具


自由詩 拝啓、浄土の炊飯器 Copyright 福岡朔 2022-12-11 20:05:23
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