「罪と罰」その読書感想から
ただのみきや

風に囁く筆先の

ごらんあの針葉樹
風に囁く筆先のような頂きのになう空の重さを
永遠無限のつめたいうつろに触れながら
生きる限りそこに迫ることしかできない
百パーセントの苦痛
百パーセントの快楽
いのちは腫れ上がった一個の果実だが
彼らは色香も果肉もない固い松毬を落とすだけ
そう風に囁く筆先の残すものなんて





気をつけな

ことばはこころの衣服
人に読ませることばは所詮よそ行き
無邪気さや清楚を気取ったり
ワイルドなダメージ加工
宝石をあしらった豪華なドレス
仕事着ならいかにも仕事着らしく
素朴な生活感のためには
スウェットのラフさ加減
時に襦袢の裾も乱したりするが
赤裸々な告白でも勝負下着
着ぐるみコスプレなんでもあり
だがそうすることで
こころの方がことばへ寄って
あるいは酔って
そんな気持ちになってくる
まるでことばが理屈で保障するかのよう
告白も言霊も第一声は
自分の伽藍に響くもの
呪いだって祝福だって
土台は自己暗示
絶えず自分を殺害し
いくらでも自分を量産できる
サイコキラーでないのなら
気をつけることだ
少なくても美化はしないこと
どんなに美しい詩を書いても
詩を書くという行為自体
業であって
必ず報復が巡って来る
言葉の刃がこちらを向いて
ほら自作の塔だってこっちへ倒れ―――





のぞきと痴漢

恨み言に転生した
誰かの眠りの中で
赤い蟹の群れについばまれている
文読むひとよ
その裳裾をそっと捲り
ぼくはわずかばかり
他人の諍いを弁当に詰める
傷ひとつない
白くいびつなからだで
ぼくはぼくの戦争へ素早く蛇行する





橋の向こう

暗い空に落ちかけの虹
散り残った銀杏が光を振って
音もなくまろぶ鈴がある

裏地に隠した写真一枚
少女へのただれた懸想
縫い閉じていた
ことばと気持ちの糸もほつれて

祖母のタンスの抽斗に眠る
もう取り出せない幼心が
眠りの外へ侵食する朝

少女の頭髪のにおい
それとも人形だったろうか





血の速度

眼球は旅をする
血の熱い流れを
瞼もないのにどこまでも闇が続く
血の中で
血にとけて
ひとつになる
鼓動は快楽
快楽ゆえに秘所の深み
光のような亀裂が走る
突き上げる噴火
内から裂けて
 裏返り
   溢れ出す
意識は炭酸のよう
はじけながら消失した
―――滔々と
   血は流れ続けている

血がことばに変わるまで
進化論者の時間はいらない
人が罪を犯すまで
一日あれば足りるように
一日はひと呼吸
ひと呼吸は鼓動ひとつ
瞬きひとつで十分だ





轢死的瞬間

枯れすすきを踊らせて電車はかけ抜けた
街の方はもう雲が切れている
つめたい青空を一切れ額にあて
それをすぐさまノートに挟み込む
        ―――瞬間という栞





定型気取ってそぞろ歩く

冬枯れの種子の綿毛をそっと撫で頬の温みを分かつ者なく
ひしめいた夜の夢らもみな去って生ける伽藍の鳥籠となり
爪先の枯れた松葉を当てもなく空の重さに術もなければ
 
  ***

10分で歯顔髪髭終わらせる歳月のみが鏡に映り
道楽で苦悩買ったかその逆か詩人の財布に言葉はない





死育

「死んでしまいたい」
     彼女はそう言った

晴れた雪野原で
どこからも足跡がないのに
大の字に寝転でいる
     そんなことばだった

彼女のことは嫌いだったが
今もそのことばと同衾している





80億

80億の正義感がいっせいに羽ばたいて
世界の空は詩と音楽で埋め尽くされた
ぬかるみには死んだ一羽のすずめ

正義感は世界に溢れていた
だれもが売りたがるので価格は暴落
今では80億正義感支払って
すずめの涙ひと粒
あの最期に見た日の出の輝きが溶け込んだ
涙ひと粒の正義も買えやしない

ほら素っ裸でナイフを握った誰かの雑念が
言葉のコートを着てうろつき回っている
通り魔か 強盗か
     いいや頭がわるいだけの正直者さ





ヒヨドリ

いつもひもじい
あの声は
威嚇か
哀願か
怒りか
悲しみか
裏返ってもう久しい
笑い声か
わかりはしないが
いっそかわろうか
己をだまし
人に見せるだけの
ことばを捨てて
ひもじい
ひもじいと
生きながら
餓鬼道へ落ちた
しなびたこころの
固い裏の皮を
切って
裂いて
血まみれの
ハサミ孕んだ
翼となって
あてもなく
さまよいながら
中空に
叫び続ける
眼差しの
幽鬼となって
いつまでも





ネス湖

雨音にとけるギター
小舟の綱を解き
わたしはわたしを遠ざかる

水面に跳ねるギター
風に飛ばされる手紙
霧だけまとったあなた



                  《2022年11月27日》












自由詩 「罪と罰」その読書感想から Copyright ただのみきや 2022-11-27 12:45:17縦
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