歓喜の歌から逃げだして
ただのみきや

空白葬

空白を肥やそうか
みかんを剥くみたいに
あの赤裸々な寡黙
仰け反って天を食む
ことばの幼虫
インクのように膨らんでゆく影
化石は顔を残せないから
ハンマーで殴っても
付箋すら見つけられず
空白に埋葬される
きみは板前みたい
琥珀に波紋を起こすほど
純粋な暴力を欲しながら
またもや宙吊りの刑
腹ぺこだって覚悟したのに
後悔より高速
背中を踏んで
咬んでは食んで
グギギギーっと
釘もそぞろに
すんで飛来ひらいまどろんで
こけつまろびつ飛び込んだ
彼・彼女の虚構
よいお庭ですね
脛あおく
狂いに狂って花梨の禍
おすそ分けにはぬるくて甘い
ひしゃげた亀の目じりから
ガスに抱かれて
     傷も降る星





「つ」

回らない呂律で羅列して
望まない孤立で破滅する
繰り返す規律の締め付けに
驚きの比率で始末され
精神の供物は焦げ付いた
古臭い理屈に帰結する
甲斐もなく秘密は自滅した
偶然の季節のイラつきと
突然の吐血にまごついて
今日もまた卑屈に差別する
たましいの資質を射出して





事故

湿った雪に奪われて
飲みかけのまま置き去りにされた
遡れない涙の軌跡

あの夏の
日陰の目蓋に憩っていた
かすかな熱 浮かぶ蝶

吐息が咬み付いて
白く曖昧な顔ひとつ
車にはねられ
    空は剥がれた





出血

秘密は血の中に隠せ
自分の内に巡らせよ
開いた傷から
雄弁に流れ出る
いのちの熱量で    
だがすべては隠喩
華々しい鮮血は
黒く凝固して
封印となる
秘密は業
―――偏り 欠け 尖り
つり合う呼び名もなく
ただ詩語を纏いたがる





影追うもの

自分らしさを追い求めるのは
ひとりぼっちの影踏みあそび
お日さまに背を向けて
うつむきながら追いかける

影の顔をのぞきこんでも
顔色ひとつわからない
声を聞こうと思っても
ひとことだって喋ってくれない

いつのまにか日はかたむいて
影はどんどんノッポになって
すごく立派に見えてくる
さびしいものにも見えてくる

自分らしさにこだわっても
そんなことには無頓着でも
はたから見れば違わない
たんなる他人見たままそのままの

十人十色の色メガネ
知らぬが仏の知ったかぶり

自分らしさを追い求め
世界一周旅しても
見つめているのは影ばかり
どこにいたって同じこと

立派な自画像書き上げて
いいねと言われりゃ味占めて
世間の評価ににじり寄る
みなに好かれる自分らしさへ

十把一絡も鳴けば撃たれる
八分にならない自分らしさで

自分のことは知らないけれど
影踏み遊びの好きな子は
いつもひとりでかけて往く
夕陽を背にして誰よりはやく

逢魔が時の向こう側
やっと安心できるのだ
大きな影に迎えられ
そのふところに抱かれて





拒絶

喃語が空を咀嚼する間に
こころは燃え尽きる
背中をまるめて屈みこみ
ペン先で灰をまさぐって
燃え残ったなにかを探していた
ことばが萌え出る季節
頭の上に乳歯がふり注ぐ
ひるむことなく
わたしは希望を拒む
素足のように交換された
脆くても壊せない
石の膝まくら
置き去りにされた耳から
液化した時計その
     らせん状の祈り
ただ逆らう
    この腰のらせん



             《2022年11月19日》









自由詩 歓喜の歌から逃げだして Copyright ただのみきや 2022-11-19 23:36:24
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