湿潤
ただのみきや

献盃

あそび心にこだわるあまり
一生をあそびで終えたあなた
ごらん菩薩のドーナッツ
はち切れんばかり空の空





一色

砂粒飲んで顔色も変えず
空き地の下草を調べて歩く
夜の雨粒のつぶらな潤み
――ひらり一差し 黒ひらく





蠱毒

瓶に人をわんさか入れて
体感時間を競わせる
一等とびりっけつを選び出す
一日が延々長く感じる人と
一日があっという間に過ぎる人
ふたりをパートナーにする
そして一年間一緒に生活して
次の一年は離れて暮らす
愛や幸福あるいはその逆についての感じ方
体感時間に変化は起こり得るか
また状況と個人差どちらが優勢か
そんな実験は行われない
きっかけは「互いに孤独だったから」
そんな言葉遊び





瞑る

声も朱に染まり
水面に燃えている
――ほら
   黒い翼が降りて――
惜しみこそすれ
飽くことはなく





卑猥

盲人の上まぶたで旅行鞄が転がった
蔓草に覆われた光の空港で

褪せてゆく 
かつて鮮血だった声が

頭の中と外を繋ぐ鳩
砂糖の翼は潮解する

白米のように顔もなく
溺れる群衆から生え出でて

ほほ笑む静物と化した
めくる指を待つだけのあなたは





BrainLand

風呂で脳を洗ってやると
テーマパークを造ると言い出した
秘密は生きたまま拷問を受け続けるが
マナーの良い客は
好きにつまみ食いが赦されている
一触即発
ガス人間たちの庭
真昼のストーンヘンジ
メリーゴーランドの影

有袋類の皮で製造した
柑橘系の香りのする避妊具とか
不特定多数の脳から捏ね出した
ゴーレムの消しゴムとか
股のあいだをすり抜ける声
栗鼠の甘噛みを包んだキャンディー

コンセプト
「架空の未来から現在を侵略せよ」
至る所に広告が埋め込まれた顔の群れが闊歩する
それは足の裏から侵入して意識を支配する
毒を吸い出すように甘い記憶を吸いながら

カウンターテーブルが縦になり
一日の出来事はすべてオシャカになる
沈没船は鯨に変わりみんな連れ去られ
パークは入日の冠
記念写真には歓声の影法師
地団駄を踏むことばたち
理由を孕むより早く
予兆的行為としての娯楽があった

死者の眼差しによるライト・アップ
黒いお城はバタークリームでお化粧し
窓という窓から裸の少女たちが花びらを撒く
やがてどこかの空挺部隊が降下して
一斉に攻撃を仕掛けると
火は燃え上る
美しくうねりながら踊るように
七色の火の粉 螢の銀河
肉の焼ける臭いと伽羅や乳香の香り

洗い過ぎによる脳の流失





湿潤

きみの庭で花は摘まなかった
色や形 匂いは楽しんだけれど
ぼくは無傷のまま

伏し目がちの陽射に微笑み返す濡れ落葉
踏んでふるえる鳩のように
今朝もまだ乾かない想いを着せられてはいるが
それは斬りつけるナイフではない

ぼくは無傷のまま
季節の絵具に溶けてゆく
したたる厚い雲

黒い足音で埋め尽くす
ことばは孤独の転生
純粋性を保つために
ガラクタで覆った瑞々しい非在





追われて追って追い詰められて

青い蝶が燃えた
唇で 爪先で きみの目の中で
現実という幻想を内側から張り裂くため
心臓は非常ベルを鳴らし羽ばたいた
声の影が目まぐるしく走り回る
あの厚みのない行間の谷底へ



                   《2022年11月6日》










自由詩 湿潤 Copyright ただのみきや 2022-11-06 12:30:00
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