投身万華鏡
ただのみきや

悲哀がトグロを巻いている
酒も飲まずにやっかいなやつが
これ見よがしの独白を不幸が笑う
瞑ったまま見通し脳内で溺死する

斜陽を浴びて滲む色すらない
沈黙の唇はただ冷たい
獣の思弁よ
光の平等性を問うな
本性は誰も平等を好まない
裏返した夢を覆面にするばかり

海から紡いだ糸
神から紡いだ糸
古傷がほどけてゆく
胎児が掌で焼けている

目前の景色すら平らげることができず
絡まり合ってひとつになって
眼差しは沈んでゆく
乖離したから笑い
月と戯れる木の葉の夢想

枯野も下草はまだ青く今朝は霜化粧
切れた赤い鼻緒の行方
景色と音の接合を剥がし
存在と呼び名の結束を解く

無言で光を集めるバラ
一輪の炎
五十年は長いか百年は短いか
太陽は長いのかそれとも短いか

彼女の正気はゆるやかに傾いでいった
吊り橋から身を乗り出す柱時計のように
ひとつの沼を抱いて
身ぎれいなのに帯でも乱れたかのよう
吐息を羊水にして
つめたい蛇の皮膚呼吸
木霊のないところ
ほほえみが裂けた
粟立つようなささやきの羽化

ごらん視線を巧みに配置したあやとり
創造的悪意
活けられた(殺されて美しく晒された)
ことばたちその捻じれその揺らぎ

石段を下りて川面に映す
水は記憶の糸をかすかに引くが
先では忘却が見つめるばかり
水の顔は忘却
抱き寄せる腕も含ませる乳房もなく
母の顔も子の顔も水また水
時間は追うものでも追われるものでもなく
ただ水面に影
水底には石

小春日和を抱く
形見のむこうへ頬を寄せるかのよう
現実は頭の外にある
誰もみな囚われの夢想家



                《2022年10月30日》








自由詩 投身万華鏡 Copyright ただのみきや 2022-10-30 14:09:15
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