浸水式――擬人と踊る
ただのみきや

わたしに翼はなく
抱きとめる重さもない
とどかない深部の火傷
すでにあなたの一部
癒そうと濡らしても
濡らしても


  銀色の天気雨 きみは
  嬉しくて泣いているのか
  悲しいのに微笑むのか


脱いで脱いで裸になって
これ以上なにを
自分でもまだ見たことない
謂れかなにかをつかみ出し
いっしょに解剖できたなら

つかんでも捕まえても
やっぱり嘘
偽物ばっかりだけど
もどきも芝居も神懸ったら
代役くらいやれるでしょう


  油絵じみた紫陽花
  斜陽にうっとり死んでゆく
  秘密は秘密のまま
  ことばはことばのまま
  色味を変えながら
  きみの瞳で坦々と

  だが風とのやりとりが気にかかる
  ぼくは蝶より嫉妬深い
  新しい手品を見せようと
  百万回も繰り返された秋のスケッチ
  一編の卒塔婆として視界の外に立つ


包んでいた
両手の中にはなにもなかった
寒いのはわたし
それともなくしたもの

内に破れて抗わずに
風の真正面
ちょっかい出さないで
増えた仔鼠はみんな水面へ還し
火を盛った盃を
くちびるの意気地で


  失わないために失って
  忘れないために忘却し
  ただ夢でのみ具象をまとう
  姉や妹を愛してしまった男のように


蝶が啼くの 怖いくらい
白粉箱の中の死にきれない小指のように

繭のころは時化た夜の海
瞼を縫われたまま月を食べていた


  楓一葉ワイパーにそっと
  木洩れ日をくぐる雪虫たち
  ことばの顔に悪戯書き
  淫夢の残り香のようなひと


ねえ 心中しましょうか


  もうなんどもしてますよ

         
         
                   《2022年10月22日》










自由詩 浸水式――擬人と踊る Copyright ただのみきや 2022-10-22 11:59:33
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