火星人は見た「そんな雰囲気」の嵐を
ただのみきや

季節は詩作と飲酒を奨励する

ナナカマドの実を髪に飾って
わたしの夢と現実を行き来する
顔のない女のようなものが
縫い付けたり解いたりして
季節の匂いを囁いている
雨上がりのしどけない詩のように

断片的情報でモザイク画を作成し
そんな作品を現実と強弁して言い争う
噛み合うはずもないので咬みつき合う
石木相手に酒を飲むほうがよほどいい
足のないものの膝枕で
あの枝先のそよぎでも眺めながら

陽だまりの蝶にはただかしことだけ
なんど捲っても合わせられない
神経衰弱のように
痛いくらい届かないものを追いかけて
どこをどうさまよってか
またもこの場所にいる
   




朝顔と古井戸の家

朝顔が化けた
旦那はおひたしを所望した
古い土鍋を肩に担ぐようにして
女房は踊る真鍮のシバ像のように

井戸の子をコオロギが慰めた
父のチコンキで蛇腹が踊っている
母も踊っているだろう
「お久しぶり」覗きこむ満面の月

なんでも咥える母
べっこうかんざし 彼岸花 生サンマ
しめ縄に沢庵 猫の前脚
閉め切った部屋の香の煙のよう

茄子も胡瓜も嫌いだから
いつか螢をまぶして書斎に浮かび
抽斗の中の小刀で
母の乳房を切り取って

歯にあてがえば声もふたたび
肉や皮膚も戻ろうか
応挙おうきょを模した掛軸を揺らすくらいはできようか
香炉転げて首もげて

障子越しの影絵芝居
アメノウズメが踊るのは
岩戸であって黄泉路ではなく
隔てられてもありありと

気狂い家族と呼ばれても
仲睦まじく暮らしていた
朝顔屋敷と名付けられた
謂れを失くした伝承のように

朝と夜が抱き合ったまま坂を転げ
嘘と誠がすっかり溶け合った
自分も他人も生者も死者も
その時々の区別でしかないくせに

ある夜旦那が化けた
剣山に散った花びら
女房の裸はあまりに白く
山奥の社まで続いていた

月は去り 子はひとり
しばし淡くひかりを宿したまま
虚空にかかった蜘蛛の巣に
いのちのふるえを待っている
     
*応挙=円山応挙 江戸中期から後期の画家




ただひとつの詩が輪廻を繰り返す

いくつもの架空曲線で編み上げられ
なおも定まらず
消しゴムでこするように
はじめから喪失として描き出された
非在の裸婦像

ウイスキーの蓋を開けるように
秘密の首をねじ切った
風が泳いでいた

ひらいた途端に溺れてしまう
脳を焼くつめたい青
崩落し続ける光の伽藍

猿轡さるぐつわを噛まされたまま眼差しで斬りつける
いくつもの疑いを試着しながら
底なしへと踏み外す記号の肢体



                《2022年10月9日》








自由詩 火星人は見た「そんな雰囲気」の嵐を Copyright ただのみきや 2022-10-09 15:01:24
notebook Home 戻る  過去 未来