森の地図
soft_machine

  ・ ・ ・


今年の森の地図が
そろそろ終わりだから
恵みにあやかりたいと
降りた自転車を立てかけた
裂け目のような木の下闇からは
あからさまな拒絶の気配を感じたが
それは人間の都合
森はただ
そこにあるだけ

いま入らなければ
明日はこないのだから
静かに訪れた
こちらからどうぞと病葉が
また一歩
巨大な両顎を開く

あそこ 円錐に沿って昇るのは
片翼の鳶
その向こうには
一本の小径があって
見て 少女がおにぎりを並べている
誰が近づいても
一向 構わない
ただ透きとおるだけ

 懐かしいジャズが聴こえ
 渋い演歌も混じる


  ・ ・


いかしたチェーンソーを振り回し
小禽を追いつめる子ども等
被るかつての名選手のマスク
みんな地図とおり

骨を晒した甘いピアノを
じっくり這う舌や
にょっきり垂れる木軸の黄信号
天地は線が不足して
気づけばどれも撤去の証紙
けれど日付は数年前

風は妙に生ぬるくって
何故となく
きみに会いたい

 辺りに満ちる
 かごめかごめ


  *


 指は偶然
 ひと息ついた
 手のひらと同じ窪地

浄められた落ち葉しかない
季節の裏側
木洩れ陽ばかり ぽっかと豊かで
やはり懐かしい ベンチに座ると

すり減った父の形をしていた
温かいのか
それとも寒いのか
記憶にない感触に戸惑う
いまだに知らないことがある

するとこれは 記憶を引き裂く新雪
もしかすると 溶けもしない

父さん
あなた 骨ではなかったのか


  *  *


人は森では一度ならず迷わなくてはいけない
進み方が違う緑に対し
せめて人間らしく
気侭に伐って剥き、手頃に継ぎ被せ
元に戻せなくなって
見失うことでしか辿り着けない
例えば墓地の懐かしさと
ここの湿度は、どこか似ている

水の音がするほうへ
辿る誰もがどこか頼りない
けれどだから笑い合えるし
包み合えるのだと思う

花は他の虫と語らうが
ぼくには出来ない
針の影は時との約束を守る
それが、息を繋いだきみと出来ない

解かれればいい
最後まで見つからないから
人は森に惹かれるのだと云う
何が見つからないのか
遂にことばも応えられず
眩しい空に、身体を絡ませる


  *  *  *


森の眠りは果てしなく
全て真っ直ぐなもの 平らなもの
どれも鎧える幼さを勇気づけてくれる
目を覚ませば枕がわりの
地図はひと塊の灰である
確かな夢より 計り知れない無情で
震える粘土 砂と土

もし、ぼくが
いや、誰かでいい
霧が晴れないこの迷図で
手に余る無言を コップ一杯に汲めるなら
固い幻も
決して燃え尽きない

もし、きみが
この落し穴から無事に還れたなら
ゆっくりひろがる永遠に
誰も知らない歌を聴かせて欲しい

生まれたての魂に
いつか地図にない森が見える
痺れを知って 座って
瞳を伏せて 探すなら



自由詩 森の地図 Copyright soft_machine 2022-09-13 02:40:49
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