車輪の美的側面
菊西 夕座

二足歩行者にはない美的側面が 視界のすみを唐突にふちどると
信号まちから一転して青に旅だち 横断歩道へと車輪をころがす
ハンドルを握る停止の瞳を 優雅な回転にまきこみながら
視界の赤道をなぞる太陽のように 車輪の側面をうたわせてゆく

フロントガラスの先をまるで小さな観覧車がよこぎる賑わい
車いすの不自由な漕ぎ手は 蛍光の輻(や)を虹色に点滅させて
二足歩行者にはない画布的側面で 自らの王国を存分に描きだす
壮麗さと優美さと、愛らしいまどろみと、華やぎをつれて……

   黄色い足枷から浮く奇術師も 夕日に影をはべらす痩せ案山子も
  俊敏な黒豹の駆けだしも 丘いちめんに沸きたつ雛罌粟も
 蒼穹をわたる勇壮なイヌワシも 緑にぬれて煌めく星々も
車輪のなかで夢幻のごとく点灯し 視覚を輪廻の渦で酔わしめる

健常の椅子から転げ落ちようと 常に望むのは対等でなくそれ以上!
萎びた足がまとう車輪を盾にとり 交差する憐れみの紫外線をはねかえす
海辺を彩る粋なパラソルのごとく 開花する側面で玉座を飾りつけ
ときには窓に見立てた輪ぐるまを 万華鏡そっくりに回して遊ぶ

輻で区切られた円錐の窓から 手をふっているのはジュリエット
 その対の赤い窓からは ロメオが薔薇のキッスを投げている
  運命の歯車が摩擦をおこし アスファルトから立ちのぼる旋風
   敵も女神も青春も窓をとじるが 恋するふたりの瞳(め)は円くふくらんだまま

青信号の無制約からこぼれ落ち たとえ玉座が坂道の凹凸に足をとられても
側面の観覧車はゆるやかに回りつづけ その七光りするゴンドラの窓から
王者をささえる万民が手をふって 信号まちの車に助けをもとめてくれる
抱き起こされた漕ぎ手の涙で ぬれた車輪がいっそう霊妙にきらめいている

廻れ廻れまわっておくれ 太神楽師が毬をころがす和傘のように
ただ目の前を通過するだけの縁で 心をつなぐ風の糸をまきながら
漕いで漕いでこいでおくれ 自動車のタイヤにはない手心こめて
眩暈と幻想とロマンスの渦で 失われた日々も側面に巡らせて……


自由詩 車輪の美的側面 Copyright 菊西 夕座 2022-09-08 00:59:09
notebook Home 戻る  過去 未来