きみの猫をデッサンする
ただのみきや

きみの猫をデッサンする
きみに興味はないけれど
液化する時間
揮発した時間
猫を追いかけた
自ら曾祖父の手をとってジルバを踊る
ああ激しいアクロバット
でも着地点はわきまえた
よもやま話に興味はないけど
きみの猫をデッサンする
きみから抜け出す小さな夜を
追いかけて描く地図
うなじの黒子が世界の中心


相合傘で括られて
親の仇かと思うほど
弁当箱の青い海
孤独が頬を噛む
蟹のような物語からぬけだして
猫の行く先は
海 海 海
鰭と鱗を取り戻せ
肺を捨てて鰓呼吸
海へ 海へ
きみの生活が追いかける
ああ自虐のジェットモグラ
だがひと足早くかもめに喰われ
はらわた散らし波に洗われ
猫は鳴いた
かもめのこころを喰らって飛んで
海と空の間
波打ち際のきみを見た
人間なんてちっぽけだ
猫よりちょっと大きいだけ
逃げろや逃げろ
後ろから鈍器を振り上げる
時間の気配だけが
マイトみたいに次々と
泡沫 裳屑 泡沫
灰を背負った白紙の手紙
耳から狂え
迷子の母よ


すっかり摩耗した
流木たちのおしゃべり
おしっこしていた恋人は
波にさらわれ異国へ行った
貝殻に耳を当ててごらん
奴隷たちの溜息
むせかえるほど果実の潰れた匂い
冷たい糸をたらして
ぐるぐる巻きにした
イカ焼きみたいなきみのために
すべての魚眼レンズが叫ぶ
太陽よ血を流せ
髭剃り後の老人みたいに
暗黒よ笑え
そこにかぼちゃ
あそこにかぼちゃ
漂着するかぼちゃの軍団


臍の緒を首に巻き付けて
男が吹く銀のコルネット
だけどあれはものまねで
みんな聞こえているふりをしているだけ
真っ赤なセレナーデ
進軍 進軍 進軍せよ
涙腺のゆりかごでボウフラは歌う
きみのイヤリングが破裂した
こどもの嘘みたいに
やみくもで純粋な殺意
透かし彫りの向こう
ガラスまみれの心臓
天井から吊るされた
夜の蕾が開いていく
おとぎ話に出てくる通りの現実を想像妊娠して
きみの舌はウエストより太い
癇癪 ねこなで声 癇癪
ヤママユを食う
サアに嫉妬して
指摘されれば埴輪の顔
全身に書かれた説明書の類
自分の猫とも知らないで


きみはパラシュート
地をすべる小さな影の邪魔ばかり
美しい装いのはしたない展開図
空き巣の後の収納タンス
散らかった記憶
五歳の自分
十二歳の自分
十九歳の自分
ホルマリン漬けもすべて模型
猫はすり抜ける
きみの歴史も地理も
猫はわがままだ
法則にも法律にも
愛情深く薄情だ
自分にも他人にも
素のままの不可思議で
きみの背筋を凍らせる
殺意と冗談が宝石みたい
ダンスする
きみに興味はないけれど
きみの猫が好きだから
ささやくようにしのびよる
風のない部屋
けむりのようにデッサンする
きみの猫とダンスする



                 《2022年8月28日》








    


自由詩 きみの猫をデッサンする Copyright ただのみきや 2022-08-28 09:26:46
notebook Home 戻る  過去 未来