ムウンストラック——詩のスケッチブックから
ならぢゅん(矮猫亭)

仕事帰りの電車の中で三角みづ紀の詩を読んでいたら
左側のページの裏から若い女の立ちあがる気配がした
ようやく座れる、その程度のことがまるで恩寵のように感じられた

  誰かが石を投げてくるように思えるので
  表通りは避けて歩くのです
       (「ムウンストラック小詩集」から「序章」全文)

三角みづ紀の詩を抱き寄せ
体を半身に女の立ちあがる空間を作る
すれ違いざま網棚の鞄に右手を伸ばすと
真後ろから年老いた男の疲労が波立ち
目の前にできた女ひとり分の隙間に押し寄せる
呆然と見送る私をうかがうように見上げながら
男はそっと腰を落としてゆく

  鬼さんこちら
  手の鳴る方へ
  私を食べて下さい
  きれいに
  私を食べて下さい
       (前掲「第2.2章」部分)

左側のページの下から男の眼がのぞいている
その眼を満たし今にもあふれ出しそうな恐怖が
(なにを怯えているのだろう)
私をいらだたせる、激しく、冷たく

  誰かが石を投げてくるように思えるので
  表通りは避けて歩くのです
  こうしてひとり、いきている。
       (前掲「最終章」全文)

ムウンストラック・三角みづ紀
月(のような裸の尻)を叩かれた人は
いらだちの野茨の野に草隠れてゆく
その詩をいくど読み返しても
血をにじませた白い皮膚を見失うばかりだ
ページの向こうに広がる暗い荒れ野に
怯えた瞳が冴え冴えと吊り下げられている

引用:三角みづ紀.ムウンストラック小詩集.現代詩手帖.2005年4月号


未詩・独白 ムウンストラック——詩のスケッチブックから Copyright ならぢゅん(矮猫亭) 2005-04-30 08:13:33
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