長かった街で
番田 

昔僕の会社に通っていた道を、今日は歩いていたのだ。近々、この街から引っ越すことを決めていたからである。その、引っ越す理由は、特にあったわけではないのだが、ぼんやりと僕は歩いていた。昔は、ほんの片時でさえ、ここでこうしている僕がいるということ自体を想像したことすらなかった。とにかく、あの頃は一日を生きていくことで精一杯だったからである…。当時あった店は最近、次々と閉店してしまい、その味は闇に葬られ、当時を懐かしむことはすでにできなくなってしまったわけだったが。僕はあきらめて、まだ行ったことのない店を探して、メニューがやたらと壁にはられていた個人経営の喫茶店に通いはじめた。またここに戻ってきた時には、寄っていくべき店として残っていて欲しい。そんなことを考えながら、ふわふわとした味のケーキを僕は食べていた。


五反田の地面師詐欺のあった、あの建物は取り壊されてしまい、入り口や古びた柵の面影も今はなくなってしまっていた。ああいった古びた建物が壊されることなく残っていたこと自体が、ことの発端だったようにも思われる、さっぱりした風景。仕掛け人の一人であったカミンスカス容疑者はフィリピンで身柄を拘束されたのだという。しかしそこで捕まえられる間に、どこで何を思い、どのような行動をとっていたのかは、何も、僕は想像することはできない。僕はこのあたりにあった会社を退職した後、埼玉で次の仕事についたものだった。埼京線で電車を乗り継いだ先にある、物寂しいというよりも、むしろ、なんとなく殺風景な風景の中を歩いていた…。生きていくということ自体に、やがて、怯えや不安を感じはじめたのも、当時の頃だったことをよく覚えている。


散文(批評随筆小説等) 長かった街で Copyright 番田  2021-10-04 01:24:42縦
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