ロックダウン
やまうちあつし

都市の封鎖をせねばなるまい
深夜
高層ビルの執務室で
知事は決意する
この街は奪われた
というより
借りていただけだったのだ
そのことを忘れて
好き勝手やりすぎた
知事は体の向きを変え
モニターに映像を映し出す
先程届けられた
街をうろつく禽獣の姿
はじめのうちそれは
単なる手違いか気まぐれで
迷い込んだ来訪者と思われた
ビルからビルへ
駅から駅へ
街から街へ
人から人へ
黒い四足の動物は
しなやかな身のこなしで
あちこちへ移動し
やがて眷属を率いて戻ってきた
人々はいつしか
それらを数えあげることに躍起になった
毎朝更新される
都道府県ごとの目撃数
この街は列島の心臓だから
動脈を通して黒い禽獣を送り出し
静脈を通してそれを回収した
獣の個体数は人口の五割に相当し
まるで病巣であるかのように
人差し指を突きつけられた
都市の封鎖をせねばなるまい
モニターを見ていた
知事の動きが止まる
対策の参考にならないかと
取り寄せた映像であったが
映し出された動物の身のこなしに
釘付けになってしまった
引き締まった肢体と
黒い毛並み
大胆な身のこなしで
人混みの中を駆け巡る
世界中を混乱させている
張本人でありながら
あろうことか
美しさすら
感じてしまった
そのとき脳裏をよぎったものは
かつて巨大地震の被災地で目撃した
災害発生当日の夜空であった
大規模な停電による漆黒の夜空に
遠慮なく散りばめられた星星
西では石油コンビナートの爆発が続き
夜空を真っ赤に染め上げていた
多くの生命が失われ
住居や財産をなくした者も数知れず
にもかかわらず
心身はふるえた
人智を越えたものの中にのみ
見いだされる
おそれと表裏一体の
なにか
人々がおそれおののく
巨大都市の中枢にあって
知事の身の内には
あの日の夜空が充満していた
ふと
視線を感じ
窓の外に目を向けると
向かいのビルの屋上に
黒ヒョウがいる
ひと気ない首都の夜
高層ビルの屋上で
こちらをまっすぐに凝視する
二つの眼
その視線の鋭さが
全身を射抜く
知事は恐れと敬いによって
両腕を引っ張られ
体が二つに裂けてしまった
残されたのは
もはや
首都を司る首長でも
民衆に奉仕する公僕でもなく
黒い命の躍動にふるえる
敬虔な信徒
お還しいたします
わたくしどもは
存分に殖えました
長らくお借りしている
この場所を
今はお還しいたします
ビル街も
高速道路も
空港も
わずかに残された緑地帯も
思いのままにお使いください
わたくしどもは弱い生き物です
あなたとは異なり
どこででも
生きてゆけるわけではありません
どうかあなたが
十分に働かれたのちには
わたくしどもにこの場所を
少しだけお貸しください
今はお還しいたします
存分に
この都市をお使いください
そんなことすら
口に出しかねないほど
敬虔な気持ちで
立ち尽くしていた
黒ヒョウの姿は既にない
上空に
二つの巨大な眼を残し
これまで
都心部の夜空を
煌々と汚していたネオンにかわり
大都会を見下ろしている
まるで守護者のように
あるいは審判者のように
その視線にあてられてか
執務室では
一人の人物が恍惚としながら
「都市の封鎖をせねばなるまい」


自由詩 ロックダウン Copyright やまうちあつし 2021-10-01 13:58:11
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