それは猫だった 1
RAVE

その日私は急いでいた。
14時に目的地に付かなくてはいけないのに
家を出たのは13時50分だった。
とはいえ5分弱で到着する場所だったから
車を発進させるまでは
余裕の私が少し顔を出していた。

中央線のない住宅地の道路。
駐車場から左折して道に出ると
道の真ん中に黒い塊がある。
そのすぐ近くに保育園児を連れた夫婦が
その塊に注視している。
塊には耳と足が生えていて
モゾモゾと動いている。

その塊を見て私は
ここで車を停めて家族連れに
どうしたのか尋ねたとしたら
この先の未来が
大きく変わってしまうような
人生の分岐点に立ったんだと
瞬時に悟った。

見て見ぬ振りをして目的地に急ぐのか
家族連れに尋ねるのか
右か左かの選択を迫られた私は
迷う事なく車を道路脇に停めた。

「どうしたんですか?」
奥さんにそう尋ねると
「仔猫が足を怪我しているみたいで…でも猫アレルギーなので触れなくて…」
と困惑そうに答えてくれた。

その塊は仔猫だった。
だいたい分かっていたけど
やはり仔猫だった。
仔猫は本能的に
右足を引きずりながらも
逃げようとしている。

それは両手に乗る程の大きさで
目は目やにが接着剤のようになって
全く開いていなかった。
真っ暗闇の中に
人の声や気配、車の轟音を感じ取り
しっかりと危険を察知しているようだった。


散文(批評随筆小説等) それは猫だった 1 Copyright RAVE 2021-09-27 21:39:50
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