志向―在る
ゼッケン

' 水素60% 酸素26% 炭素11% 窒素2.4% その他
' ぼくの身体を構成する原子は宇宙の始まりから在る
' ぼくの身体を構成する原子は宇宙の終わりまで存る

ラスコーリニコフは身体を鍛えなかった
身体は誰にでもただで貸し出されるものと安易に信じ込んでいたからだ
身体は精神より高級品だというのに
精神は身体よりありふれたものだというのに
真昼、おれはパチンコ屋の景品交換所を襲う

国家X

景品所の小窓に向かって包丁を突き出したおれを見て
ばあさんは垂れたまぶたを片方だけ上げた
また、来たね、ぼうや
窓に防弾仕様のシャッターが降りる
おれの投げた火のついたダイナマイトが
降りるシャッターをぎりぎりでかわして窓枠の向こうに消える
内側から吹き飛んだ壁から侵入して
びくともしていない50キロの金庫をおれは担ぎ上げる
筋肉がおれの中に快感を放出した
真昼の繁華街ではあらゆる種類の警報音が錯綜している
サイレンと悲鳴と火災を知らせるアラーム
ジャンジャンバリバリッ ジャンジャンバリバリッ
若い男が婆殺しをする場合、それは経験を積むことへの嫌悪だ
経験は同じ顔をしているからだが
経験と同様にダイナマイトも選り好みをしない
おれとダイナマイトは等価交換される対象だ
おれはマンホールの蓋を引きずりあげる
張り巡らされた非常線の外を目指して下水道を走る

朕は国家なり。名前はまだない

おれには
人語を話す猫にしか見えないが
膨れ上がった胴体は暗渠の行く手を阻んでいる
下水道に流された猫たちの恨みがわたくしなのです
コッカは自らの由来を簡潔に説明した
下水でワニの養殖をしています
とも、つけ加えた
おれは超常現象に巻き込まれている
おまえたちは運命を横領している
横領するぐらいなら強奪すべきだ
横領犯は犯行後も居座り続ける
図々しさを我慢してはならない、おれが金庫を下ろすと
腐臭のする薄い流れは嵩を上げて左右をすり抜けていく
おれは金庫の前に演出を意識してどかりと胡坐をかき、右肘の位置を慎重に天板上の一点に定める
腕相撲で決着をつけてやる
コッカは前足をのそりと差し出した、おれの熱い蒸気を吹き上げる掌を
ひんやりとした肉球がぎゅっと包み込む
ムフ、朕はやさしいです
コッカはおれの右掌を握りつぶした

全身の皮膚を引き剥がされワニ革を移植されたおれに
下水道の国民にはワニの強力な免疫が付与される
とコッカは言った
宰相となったおれは捨てられたマネキンたちの軍閥を打倒し自在につながる暗渠に帝国を建設する
地下に注ぎ込まれた莫大な量のコンクリートの塊を叩くチューブエンパイアの行進がすぐに
直下型の激甚衝撃波となって地表の都市に永久浮力を与える
揺らがない区民たちは磁力船で互いの区を行き来するようになる
新たにむき出しになった地表はかつての下水からあふれたワニたちに覆われ
関心の欠如した垂直なやさしさを保持しつつも
強力な免疫をもった帝国が水平に跋扈する
金庫は置き忘れられたまま
復讐は道徳ですらあるとコッカは啼いたにゃぁ
握りつぶされた右手の代わりにおれは
腕相撲の借りをワニ革の財布のようになった下品な左手で返すために
左手にもったダンベルを上げ下げするのが日課になった

' 借りていたので
' 返す、それだけだ

おれの筋肉が膨れ上がるたびに
ワニの皮がぎゅっぎゅっと音を立てている


自由詩 志向―在る Copyright ゼッケン 2021-08-11 23:21:40
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