詠人のおもいで
道草次郎

ぼくはむかし介護士だった
昼食の介助
と言ってもどこにどんなおかずがあるとか
箸はここで飲み物はこっちです
とかの簡単な介助
をたまたま受け持った時のこと
Kさんは朗らかに話をしてくれた
奥さんのことや趣味の短歌のこと
Kさんは短歌の名人だった
いつも
素晴らしく味のある短歌を詠んだ
Kさんは5分ほど話してすぐ
こう言った
「道草さんはお若いのに人間ができてらっしゃるね。ほんの少し話しただけで分かりますよ」
ぼくはそれを聞いて
しどろもどろしてしまった

内心すこし得意だった
帰り際Kさんに挨拶をしにいくと
Kさんが耳打ちした
「道草さん、まわりは思ってるほどみんなあなたを見ていないよ。頑張って」
ぼくは立ち尽くすしかなかった
Kさんの白杖のカツカツいう音が
遠のいていく
Kさんは50歳で光を失ったのだ


自由詩 詠人のおもいで Copyright 道草次郎 2020-12-26 07:59:27
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