人生は楽園
こたきひろし

雨の匂い
それは鼻先で嗅ぐ匂いじゃなくて鼻腔の奥の粘膜に染み込む匂い
終日降っていた雨に気持ちが鬱がれるのは誰にでも起こる現象だ

一日の仕事から解放されて退勤のタイムカードを打刻する
作業服に降って積もった疲労感を払い退けながら勤務先の駐車場迄歩く
途中雨に濡れてしまうが傘は持ってない
車で毎日通勤していると雨に鈍感になってしまう

傘をさす必要なんて感じなくなっていた
車迄ダッシュすればいい事だ
多少濡れてもかまわない
傘を持って歩くのは煩わしかった

傘をさしてもまったく濡れない訳じゃないし
傘の下になると鬱陶しい雨音を聞かなくてはならなくなる
それだけじゃない雨垂れが落ちてきて下手をすると擦り切れた靴に落ちて来そうな気配を感じるのだ

違った
擦り切れてるのは靴じゃなくて俺の五体だ
五感かも知れない

人生は楽園じゃない
楽園じゃなくて良かったとしみじみ思ってる

還暦過ぎて五年
未だに安穏の日々は得られないまま
余勢を持て余している

四苦八苦を積み重ねる日々だ
四苦八苦を積み重ねる日々の間にも
一冊の本の頁に挟まれるしおりみたいに
僅かな休息と憩いがうまれる

人生は楽園じゃなくて良かったとしみじみ思っている
それが年輪を重ねに重ねた俺が
辿り着いた境地かも知れない


自由詩 人生は楽園 Copyright こたきひろし 2020-12-20 07:48:06
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