重力アリス 〜Gravity not equality〜 第二章
月夜乃海花

第二章 へんてこくんとポンコツ犬と宙ぶらりん

「ところで君の名前はなあに?」

「私の名前?私の名前は__。」

クオウェルに自分の名前を伝える。しかし、首を傾げて耳をピクピクと動かした。

「えー。聞こえないよぉ。」

その後、何度も伝えるも名前は通じなかった。ただ、犬の一見可愛らしい首振りを複数回見ることになり、挙げ句の果てにはこの犬は自分の尻尾で遊びだした。

「聞いてるのか?」

「だって、名前きこえないんだもん。へんなの。ん?そういうことか!ぼく、わかったよ!」

急に尻尾を振り出す犬。なんだか嫌な予感がする。

「へんてこくんだ!へんてこくんだ!わあい!」

すると、くぉーんと遠吠えをしてクオウェルは壁や道路、至る所を走りだして目が追い付かないほどにぐるぐると回っている。まるでドッグランについたばかりの犬のようだ。

「へんてこくんってなんだよ!お前こそ、へんてこというかポンコツだよ!」

私は大声で犬にツッコミをするものの案の定聞いてない。とりあえず、このポンコツ犬を落ち着かせないといけない。無意識に街灯から軽く飛び跳ねて、地面に着地した。つもりだった。

「うわっ!」

飛んだ後、地面に着地することはなかった。なんと、私は空中にふわふわと漂っていたのである。まさにテレビで見る宇宙飛行士状態だった。身体は低速で回っている。

「たすけて!」

思わず、そんな声を出すものの喜ぶ犬は聞いちゃいない。クオウェルが私の状態に気づくのは走り回って、その後粗相をした後だった。

「へんてこくん、回ってる!」

「なんだよ!どうにかしてよ!」

「すごぉい!僕もやったことないよ!どんな感触なの?」

「気持ち悪い。」

「たのしい?」

楽しい訳がないだろう、と言おうとしたが慣れてくると案外悪くないなと思った。ただ、この状態が永遠に続くのは困り物だった。そもそもこの状態でどうやって移動するのだろう。

「そういえばねぇ。へんてこくんに紹介したいひとがいるの。僕のおじーちゃんなんだけど、困ったときがあったらいいなさいって言ってた!」

「その人は人間なのか?」

「人間なのかって?」

「ほら、ここの街の人で今のところ人影じゃない人って居ないでしょう。」

結局、数時間に渡って街灯に座りながらこの街を観察してきたが人間はみな影のように写っていた。影がいつも通りの生活を送っている。人影同士で話したり、すれ違ったりしているのを陰でこっそり見る我々。これではどっちが影と呼ばれるべきかわからなかった。

「へんてこくん、こまってる?」

「うん、非常に困ってます。」

とりあえずこの状態をなんとかするのが最善策だろう。

「わかった!おじーちゃんのところにいこう!」

「私はどうやって移動すればいいんだ?」

「うごけないの?そのまま、かぜにのってふわぁってうごいたら、きっとたのしいよ!いいなぁ。」

風に乗る、と聞いてもしや風に乗れば動けるのではないかと思った。が、あることに気づく。風が一切吹いてなく、感じられないのだ。

「この街、風って吹いてるのか?」

静かに何も考えずに感覚を過敏にする。しかし、風を感じることはできない。

「んー。僕にはわからないよぉ。でも最近走っても涼しくないんだぁ。寒くもないよぉ。」

そう言うとクオウェルは鼻でヒクヒク私の匂いを嗅ごうとする。鼻が私に触れたその瞬間。思わず、声にならない声が出た。数メートル先にふっ飛ばされたのだ。

「あれ?へんてこくん、どうしたの?」

そう言うとさらにこのポンコツ犬は鼻を近づける。

「やめろ。お前の鼻が私に触れると__。」

言ったそばから飛ばされる私。

「だから、あのさぁ!」

「なにこれ!へんてこくんすごいね!」

尻尾を振り、嬉しそうな顔をする犬が1匹。

「じゃあ、おじーちゃんのところにいっしょにいこう!」

そう言うとクオウェルは鼻で私を一定方向に飛ばし始める。まるでゴム製のボールを自分で投げて追いかける犬のようだ。視界が回転して思わず吐きそうになるもじっと堪える。

「たのしいね!」

楽しそうな犬に吐きそうな私。そして、回る世界。

「出来れば、そのお爺さんの家には早く着いてくれると助かるよ。」

「うん!」

クオウェルに鼻で飛ばされながら何十分か経つと森の中の小さな家に辿りついた。

「ここがおじーちゃんのおうちだよぉ。」

木製で出来たその家はボロボロではあるが、どこか温かみと優しさを感じた。が、クオウェルは家の壁に私を投げつけた。すると、壁に寝そべっている状態になる。痛みは感じなかった。

「ああ、やっと終わった。少し休みたい。」

「へんてこくん、つかれた?やすむ?」

きゅーんと犬は鼻を鳴らすと地面にお座りした。

「いっぱいなげとばしてごめんなさい。」

しょぼんと落ち込み、尻尾は垂れている。クオウェルがやっと少し可愛いなと感じた瞬間であった。

「ここまで移動するにはクオウェルが必要だったから。仕方ないよ。」

「ほんとう?また、飛ばしていい?」

「また今度ね。今はやめて欲しいな。」

「わかった!」

尻尾を振るクオウェル。

「ねぇ、ドアを開けて?僕、ドアをあけれないんだぁ。」

「そうなの?じゃあ、どうしてお前は外にいるんだ?」

「おじーちゃんは家に僕が入れるようにしてくれてるの。いつもは窓が少し開いてるんだぁ。今は窓もしまってるねぇ。寝ちゃったのかなぁ?」

なるほど、たしかに今は窓もドアも閉まっている。でも、普通は飼い犬が帰ってこないと心配しないのだろうか。そもそも、猫のように勝手に散歩する犬もどうかと思うが。

「わかった。ドアを開けるよ。」

私は家のドアをそっと開けた。壁にしゃがみながら。すると、椅子でゆったり座るお爺さんが暖炉の前にいた。

「おじーちゃん、ねてるね。」

すやすやとお爺さんが眠っている。非常に穏やかそうな人だ。自分の祖父とは真逆だなぁなどと思い出すも自分のことがあまり思い出せなくなっていた。過去も何も。とはいえ、その件に関しては一旦後にした。

「申し訳ないけれどこの家で少し休んでも良いかい?」

「うん!もちろん!」

家の主ではなく、飼い犬に頼んでいいものなのか判らないが今日は犬に突き飛ばされながら移動をするという一般的には行われない光景に少し疲れてしまった。それだけではなく、この謎の世界にも。

「それじゃあ、おやすみ。」

何事もなかったかのように天井で私は寝ることにした。もはや自分が壁や天井を歩けることは不思議とも何とも思わなかった。

「うん!また明日ね!」

クオウェルはお爺さんのベッドの上で寝るようだ。羨ましいが、さすがに許可を取らずに人のベッドで寝るのは嫌だったのでこのまま天井で寝落ちすることにした。


散文(批評随筆小説等) 重力アリス 〜Gravity not equality〜 第二章 Copyright 月夜乃海花 2020-10-22 04:35:00縦
notebook Home 戻る  過去 未来