『大成功』
道草次郎

『大成功』

一章「ファースト・コンタクト」

観測者は一つの装置を螺一本なしに頭の中に組み立てあげた。千の昼と千の夜のあいだ遥か頭上では銀漢は廻った。惑星は星座の間隙を七曲に裁縫した。観測者は一つの逢着をみた。逢着に過ぎないそれはきわめて内的なものであった為、誰にも気付かれることは無かった。

観測者は全く同一の存在が存在しえないという事情をよくよく鑑み、それを勁く想った。浩瀚な書からの助けも幾らかあったが、殆どは独力でそれを成した。ついに、「そこ=秘私性(?)」から滲み出すように出てくる混ざり汁の成分分析を試みるに至ったのだ。そこに見出されたのはなんと「嫉妬」という要素であった。その要素は、観測者にこう云った。最初の接触である。

「わたしのふるさとはあなたです、それからあの楡の木、或いは後れ毛に棲み付くトコジラミの心臓、子供の雪豹でもあります。嘗ては、RNAワールドの一端に属していた気もします。わたしは成り行きまかせに搾られました。ですからご覧の通りです。これも一種のファースト・コンタクトですって?あぁ、あなたは「timata」の方でしたか。なら神と言ったらはやいのではないですか。…ちがいますか。ではポメシでは?ああこれは、銀河バルジのしょんべん横丁はダイヤモンド星団長屋に棲息する、タマライカ・ポメ・ラニアθの人たちの供養性樹像体でしたね。あなたと精神構造が0,032%も似ていたもので、つい。この惑星はどうも、風が勁いですね。」

観測者は予期してきたとは言え、暫くは得体の知れないジュクジュクした思いに浸されてしまった。だがやがて生来の冷静さを取り戻すと、不二の構造的性質と同一性の暗がりゾンビに対する理解、延いては「嫉妬」との条約締結への足掛かりに必要となるであろう一切の為、観測者は冥府の哲学者と賽の河原で興じる翁にコンタクトをとることにした。

キラキラした宇宙船のようなラボはしかし、観測者の実家の納屋を改装した小部屋だった。母屋のキッチンからママンの茹でるスパゲティの匂いがつたわってくる。外は南風。何本かの潅木が庭奥の闇にのっそりと立ち閑かにその梢をさやがせていた。

「…その後いかがです?ああ裏アイルランドは寒いですか。ところでそちらでも庭師はおやりで?はぁ、クリムトさんがバケツ一杯の肥やしをね。ええ、ええ、話は尽きませんねぇ。ところで、センセ、一つ御協力願いませんか?さっきの話、えぇ、そうです。でも、キルケゴールさんの行方はわからないんですよ、だめですか、はあ、やることがある。左様ですか。分かりました、失礼しました。冥府でもお元気で」

受話器を置いた観測者は別口に託す。梟がギャアと一つ啼く。
「もしもし、あ、お初でごさいます。なんとお呼びすれば…あ、痛み入ります。では、カエル大王さん、どうか今回の件に御協力願えませんか?詳細は竹筒に入れて細道に遺失しておきました。ご覧になった?はあ、……そうですか、はい、そちらで子どもらと遊ぶ方が好き、と。分かりました、ご無理は申しません。河原の鬼たちによろしく、お元気で」

観測者は打ちひしがれるように受話器をおく。ラボの明かりは煌々と燈り続けていた。



散文(批評随筆小説等) 『大成功』 Copyright 道草次郎 2020-10-12 08:30:30縦
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