ロックンロール治療薬
イオン

娘に渡すものがあって
部屋のドアが空いたら歌が流れていた
「リッケンバッカーが響く
 リッケンバッカーも泣く
 おんがくも人をころす」

「これ、ギターの歌なの?」と聞いたら
リーガルリリーのリッケンバッカーだよと言った
「リッケンバッカーってビートルズのギターで」
と言ったら、わかってるとドアを閉められた

歌詞が耳に残っているうちにスマホで検索
娘と同年代のガールズバンドの演奏を聴くと
「きみはおんがくを中途半端にやめた」で始まった

娘は小学生のときに
ピアノを習って音楽に殺された
才能があると見込まれて
ビアノ教師に詰め込まれ
楽しく弾けなくなり辞めた
それ以来ピアノには触れなくなった

娘は中学生のときに
吹奏楽部で音楽にまた殺された
部活の顧問にきつく指導されて
それ以来、音楽の話はしなくなったが
こんな歌を聴いていたのだ

私も就職すると
音楽で生きる夢は立ち消えて
ギターを中途半端にやめたが
五十歳を過ぎて指が痺れたことがあり
怖くなってギターをはじめた
音楽は治療薬にもなる

リビングで一杯飲みながら
アンプに繋がない生音で
中古で買ったエピフォンカジノを弾く
リッケンバッカーのコードを追ってみる
「ニセモノのロックンロールさ
 ぼくだけのロックンロールさ」で歌は終わる
まねごとの傷跡を治療薬は時々痒くするので
ギターをかきむしるように弾いてしまう

キッチンのカミさんがウルサイと怒る
娘もキッチンに立ち寄るとカミさんに
チューニングが微妙に合っていないんだよねと
言って笑った
ふん、「ぼくだけのロックンロールさ」


自由詩 ロックンロール治療薬 Copyright イオン 2020-09-12 13:58:59
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