毎日雨が降っている
山人

 久々に二時半に尿意で目覚めた。最近、あまり良質の眠りがとれていないのにと心でぼやきながらトイレに立った。寝床に入りもう少し眠りをと願ったが、最近また体重が増えた妻のいびきがうるさく、結局寝れずにそのまま仕事場宅へ移動した。
 心という容器など無いのだろうが、その中に色んな汚物がゴロゴロしていて、それが悪臭を放っている気がする。その汚物を洗う事は可能だが、先延ばしにし、あと一日、あともうちょっとと、汚物にたかるコバエを眺めている自分がいる。まったくコバエってやつは不思議な生き物で、どこからか入ってきては卵を産みすぐさま増えてくる。臭いのするもの、そういうモノに吸い寄せられるように集ってくるのだ。そんな汚物と悪臭に今日は終止符を打たなければならない。
 終止符。打つのは何の造作もない事だ。その事業所を訪れ、理由を話しさえすれば事は進むんでいずれは解決するだろう。なにが私を縛っているのだろうかと言えば、相手の反応や相手がどう思っているかを考えると怖いのだ。いや、相手が怖いのではない。自分がそれにより傷ついたりすることが怖いのだ。なにも相手が罵声を浴びせたり、詰ったりするはずはない。なのに傷つくことがわかっているから怖いのだ。

 ここのところ、雨が続いている。春季(もう夏になってしまったが)の登山道整備は一昨日で終わった。霧雨の中、登山口から歩きはじめたのだが、雨具の中の体は蒸れ、全身がずぶ濡れになっているのを感じながらの登りだった。心拍数は上がり、このまま破裂してしまうのではないかと思うくらいだった。さらに連日の雨で登山道の真ん中には水が川のように流れ、丸腰の落ち武者のように歩を進めていたのだった。
 一つ目の頂には誰も居なく、美しい旬の花々だけが霧雨の水滴をまとっていた。
二つ目の頂きにも誰もおらず、最後の頂から別な道へ下るときに二桁のパーティーに出会った。同業者の客に間違いなかった。
「あと、三分で着きますよ」
「あと三分だって」
私よりも一〇歳か十五歳上の集団だった。同じ年だと思われるパーティーのキャンセルが私のところは発生していた。まさか、とは思ったが、つまらない心配は無益だと悟った。
 いつもの年ならまだ十分雪が残っている箇所に、ほとんど雪は無く、そこにはいつもよりかなり早いタイミングで黄色い花が一面に咲き乱れていた。その黄色い花は一日だけ開花し、次々と日替わりで開花していく種だった。今日よサヨウナラ、明日よコンニチワという風に。
 あと三〇分で下山口に着く箇所では、つる植物の花に多くの虫が群がっていた。たくさんの花が密集したその植物の花は見向きもされぬ雑花で、登山者の被写体になることなど皆無な存在だ。そこにしかし、多くの生き物が命をつなぐために群がっている。見向きもされない世界があるが、そこにはしっかりとした生態系が維持されるというとても大切な世界が存在しているのだ。思わず、携帯を取り出し、アップで画像を撮り入れた。蜜を必死に吸う虫の尻が可愛く動いていたのだ。
 雨は完全に上がっていたが、雨具を着たまま最後まで歩こうと思った。それは一途な達成感ためでもあった。きっと雨具の下の肌着はもう汗と蒸れで飽和し、ぐちゃぐちゃになっているはずで、それを帰ってからすべて剥ぎ取りたい心境に駆られたのだ。脱皮したいんだ、そう思った。
 


散文(批評随筆小説等) 毎日雨が降っている Copyright 山人 2020-07-07 06:08:54
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