恋昇り13「意味のない会話、意図のない話し」
トビラ

締め切ったカーテンの端が発光する朝。
カーテンを開けてみると、思ったより暗い、曇り空。

昨日の夜、一ノ世君から託された番号を見ていて気づく。
1、3、5、6、8、0この数字を並び変えたのが、一ノ世君から託された連絡先番号。
この数字は、九理の華の中で、痕跡が消されていた数字。
それと、0を足したもの。
もしかしたら、この数字は、一ノ世君が何かしら残してくれたメッセージだったのかもしれない。
だから、誰かに消された。
例えば、一ノ世君を捕らえた人たちとかに。

ゆっくりと息を整える。
不思議と不安はない。
むしろ、落ち着いていて、穏やかで安らかな気持ち。
『知り合いのSランクの人』
一ノ世君は、そう言っていた。
どんな人だろう?
私は、Sランクの人をほとんど知らない。
基本的にSランクの人は、自分がSランクであることを公言しない。
花柳はなやぎさんくらいかな。
自分がSランクであることを公言している人は。
だから、私が知っているSランクの人は、花柳さんだけ。
もしかしたら、他にもSランクの人と会ってるのかもしれないけど、私が知っているSランクの人は、みんなが知っている花柳さんだけ。
実質的には、私はSランクの人のことはほとんど知らない。

番号を入力して、通信を取る。


「……。この番号に、知らない人から連絡がくる。ふうん。君は誰かな?」
落ち着いた、でも、どこかこの状況を楽しんでいるような女性の声。
「私は、【運営】のBランク執行者の榛名です」
「ふうん。榛名ちゃん?」
「はい」
「ああ、ちょぅと待ってね。今、情報照会するから」

「なるほどね。なかなか面白い状況にいるんだね。榛名ちゃんたちが今いる状況は、大体把握したから、後は、榛名ちゃんから今の状況を説明してくれるかな?」
私は、私の知っていることをできるだけ丁寧に話す。

「ふうん。それで、私にユイト君を救けてほしい、と、そういうことかな?」
「できますか?」
「できるよ。私が、手を貸すことが本部にとって本意かどうか私は知らないけど、そんなのはどうでもいいから。明日の昼の二時くらいには、そっちに着くようにするね」
「あ、ありがとうございます。えっと」
「ああ、ごめんね。名乗ってなかったね。私は、蜂塚はちづか
「ありがとうございます、蜂塚さん。私に何かできることはありますか?」
「うん、じゃあ、明日、迎えにきてくれるかな」
「迎え、ですか?」
「うん。なにか問題でも?」
「私、蜂塚さんと連絡をとってることも、一ノ世君と連絡を取れたこともみんなに言えなくて。状況的に、単独行動もできないんです」
「言えない? チームのみんなにも、私になぜ連絡を取れたのかも?」
「はい」
「うん、わかった。無理に言わなくてもいいよ。どうせ、【密】絡みの話しでしょ。だったら、こっちの方で手を回しておくから、心配しないで」
「本当に、ありがとうございます」
「ああ、うん、気にしなくていいよ。これは、ユイト君の頼みでもあるんだ。そうだな、これだけ聞いておこうか」
「なんでしょうか」
「そっちは暑い?」
「はい。すごく蒸し暑いです」
「はは、やっぱりそうなんだね。今日のうちに新しい服でも買いに行っておこうかな」
「涼しい服がおすすめです」
「榛名ちゃん」
「はい」
「明日、会えるの、楽しみにしてるよ」
「私は、ちょっと緊張しちゃいそうです」
「ふふ、素直だね。そういう子は、好きだよ。まあ、素直じゃない子は、素直じゃない子で好きだけど」
「蜂塚さんも素直そうです」
「ふふ、そうだね。私は素直だよ」

「……じゃあ、榛名ちゃん。明日、私を迎えにきてね」
「どこに行けばいいですか?」
「それも、わかるようにしておくから。心配しないで、私に任せて」
「蜂塚さん、本当に、本当に、ありがとうございます。私、どうにかしないと、どうにかしないとって、思っても、とうしたらいいか、わからなくて」
「私がそこに行ったからといって、全ての問題が解決するわけじゃないよ。でもね、榛名ちゃんたちの安全は保証する。ユイト君のことも救けるし、榛名ちゃんたちが、安心していられるように配慮する。だから、心配しないで」
「大船に乗ったつもりでいていいですか?」
「うん、とびっきりの豪華客船に乗ったつもりでいいよ。ああ、それだと、タイニッタで沈没か。だったら、ノアの方舟でも、なんでもいい。だから、もう心配しないで」
「……、はい」


蜂塚さんとの連絡を終える。

窓の外を見る。
曇の隙間から、何条も光が降りている。
その光の柱は、街を焼きつくす清浄な光線にも見えるし、雑踏の人に当たるスポットライトのようにも見える。
窓を少し開くと、あたたかく濡れた空気が入ってくる。
空調の効いた部屋。
中の乾いた冷気と、外の湿った熱気がまじったところに立って、私は呼吸する。

とりあえず、私はまだ生きている。
だから、まだ、私にもできることはあるはずだ。


散文(批評随筆小説等) 恋昇り13「意味のない会話、意図のない話し」 Copyright トビラ 2020-06-21 06:40:07
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