恋昇り12「つながる」
トビラ

チョコの包み紙をはぎ、そのバーコードを入力する。
慎重に、間違わないように。
頭から。
鼓動が、強くなる。
それに合わせて、ゆっくり息をする。
落ち着いて、落ち着いて。

特別なパスコードになったバーコードを入力し終えて、通信を取る。


「一ノ世君?」
「……、榛名さん?」
ああ。
一ノ世君だ。
「うん、私だよ。一ノ世君。私だって、信じてくれる?」
「うん。信じるよ」
「なんで連絡を取れたかは、言えないんだ。それでも、信じてくれる?」
「うん」
「ありがとう。時間は十分しかとれなくて。……、一ノ世君は、大丈夫?」
「大丈夫だよ。部屋から出られないだけで。ちゃんと部屋は涼しいし」
「ふふ。その冗談、流行ってるの?」
「え? どうだろう? 流行ってるのかな?」
「ううん、なんでもない。一ノ世君が大丈夫なら、それでいいから」
「榛名さんは、大丈夫?」
「私は、……、私はダメだよ。怖いよ。怖いよ、一ノ世君。すごく怖くて不安で。心臓が潰れそうだよ。わけのわからないことばっかり続いて、私もみんなもがんばってるけど、状況が全然よくならないし。一ノ世君、私ね。私、がんばってるんだよ。もう他に何をすればいいのかわからないくらいがんばって、やっと、一ノ世君と連絡取れて、それで、それで……」
「わかるよ。がんばってくれたの、わかる」
「わかる? 本当に?」
「わかるよ。なんていうんだろう、よほどの不可能を可能にするようながんばりがあったから、こうやって連絡を取れてる。だから、そのこと、わかるよ」

「ねえ、一ノ世君」
「うん?」
「私、どうしたらいい? 私に何かしてほしいことある? 私に何か出来ることある?」
「うん、今から言う番号に連絡を取ってほしい」
「うん。わかった。ちょっと待ってね」

「○○○―○○○―○○○○―○○」
「○○○―○○○―○○○○―○○?」
「うん。その番号に連絡を取ってほしい。僕の知り合いのSランクの人につながるはずだから。あとは、その人に任せて」

時間があと少ししかない。
「ごめんね。一ノ世君、もうすぐ時間がきて、時間がきたら、またしばらく連絡が取れなくなる」
「この回線が一度しか使えないんだね?」
「うん、そうなんだ。がんばったけど、これが限界だった」
「榛名さん、がんばってくれてありがとう。榛名さんが連絡を取ってくれたから、その番号を伝えられた」

「一ノ世君」
「うん?」
「私、もっとがんばるよ。もっとがんばって、一ノ世君とみんなと一緒に帰る」
「うん、そうしよう。帰りに何か食べて帰ろう」
「お腹いっぱいおいしいもの食べようね」

もう時間だ。
「もう時間になるから、通信を切るね」
「うん、ありがとう」
「うん、またね」
「うん、また」

一ノ世君との通信を切る。

頭があたたかくぼんやりする。
この数分が、本当にあった時間なのか、不思議に思う。
でも、一ノ世君から託された連絡先の番号がある。
落ち着いて思えば、私はほとんど自分のことばっかりで、 一ノ世君の置かれた状況もよく聞けなかった。
みんなのことも伝えられなかった。
やっぱり、私はダメだ。
でも、それは今に始まったことじゃない。
私がダメなことなんて、私が一番よく知ってる。
だから、私は私に出来ることを精一杯するしかないんだ。
きっと、私の精一杯なんて、全然大したものじゃない。
それでもいいんだ。
それでも、なんとかこうして一ノ世君と、少しでも連絡が取れたから。
番号も託してもらえたから。
だから、私は私に出来ることを精一杯しよう。
それしかできないし、その積み重ねが、今、一ノ世君との連絡につながったから。

雨降り街の雨はやまない。
でも、泣いてばかりもいられない。

今夜は、もう遅い。
明日の朝、この連絡先に連絡を取ってみよう。


一ノ世君、会いたいよ。
一ノ世君も、そう思ってくれてる?



続く。


散文(批評随筆小説等) 恋昇り12「つながる」 Copyright トビラ 2020-06-07 06:21:19
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