とどけるために
岡部淳太郎

とどけるために、思いをこめた言葉は、宙を舞い、無の
なかを漂って、さまよっている。無のなかで、それらの
言葉だけが、有の属性を示している。すべては無なのだ
から、そのなかに有があったところで、意味などない。
そんなおおいかぶさる無のなかで、言葉は場違いで、居
心地が悪そうにしている。それでも、言葉は闇のなかを
さまよって、たどりつくべき場所を目指している。とど
けるために、ただひたすらそれだけのために、思いはこ
められ、無数の歌になり、何枚もの千切られることのな
い手紙になり、語り終えることのない物語になった。そ
れらの言葉を笑う者は、いのちの側に属していない。だ
から、どれだけ笑い、知らぬふりをしようと、それらは
ただの無に過ぎない。多くの無のなかで、思いをこめら
れた有だけが正しい。時にそうした思いと関わりのない
誰かの手が言葉に触れ、汚れた指紋を押しつけては、無
のなかにさらっていこうとするが、それに成功したとこ
ろで、思いは同じようにこめられ、とどけるために、何
度でも言葉は旅立つ。そのたびに星は強く光り輝き、他
の星とともに意味ありげな配列をかたちづくり、彗星は
天啓のように空を横切るのだ。とどけるためには、思い
のみが信じられ、思いのみが希望だ。今日も思いはこめ
られ、言葉は虚空に放たれる。それらの言葉が宇宙に充
満して、いまや、有の隙間に無が点在しているかのよう
だ。天の星ぼしの川がゆっくりとうねり動き、地上では
コップから水がこぼれ落ちる。その間も、思いがこめら
れた言葉は漂い、その宛先へと、透明な水のように流れ
てゆく。ただ、とどけるために、とどくことを願って、
言葉は湧出し、絶え間ない歌や、物語のように響いてゆ
く。君にとどけるために、僕の言葉もそこにあるのだ。



(二〇一六年五月)


自由詩 とどけるために Copyright 岡部淳太郎 2020-05-03 18:18:48
notebook Home 戻る  過去 未来