言葉とかについてつらつらと
ふるる

言葉(文章)についての本を色々読んだので、つらつらと書きます。


・言葉は人の身体にまあまあ合っている

言葉は、人の脳の容量とか、口の動かし方、息の出し方、書く動作、に、合っている。からこそ、多くの人に使われているのだと思います。
記憶や思考回路にもすごくかかわっているので、ある意味身体の一部かも。
(とはいえ、読み書きというのは、人にとっては不自然な行為らしい。ある程度の訓練がいる。)
それぞれの個性、体質に合った言葉っていうのがあるのかも。
合ってない言葉で考えたり、使ったり、喋ったり、聴いたりしてると体調悪くなるとか、あったりして。


・自分もそうだけど、意外とみんな言葉の扱い方を気にしていない

言葉は、思考、予測、判断、伝達、記憶、思想、など、社会生活の基本中の基本なのに、そのことを皆あまり気にかけていない。
自分の持っている語彙や言葉の組立方が記憶の仕方にも価値観にも関わってくるし、人間関係の作り方もそうだし、自分の全てと言えるのに、それを増やそうとかうまく使おうとかあんまり気にしない。
言葉が置かれた場所、媒体、発せられ方、書き方、によって、言葉の印象や集中度や理解度が変ってしまうのに、それにも無頓着。
ラブレター書く時は、便せんやペンなども厳選すると思うけど、それ以外はあんまり。
例えば、教科書も、最も理解しやすい、頭に入っていきやすいフォントやレイアウトってあると思うんだけど、そこまで考えられているのか、いないのか。
これは文句なんですが、面白そうな本があっても、フォントが癖がありすぎて読みづらいというのがあるんですが、どうにかならないのか。なんであんなの採用するんだろ。おしゃれだと思ってるのか。


・簡単に言葉に騙されることを知っておいた方がいい

言葉は、貨幣と一緒で、ある約束を皆が守っているからこそ存在し、使うこともできる。共通の意味だったり、大前提として、「言葉を発している人は悪人ではなく、言うことは嘘ではない」ということだったり。
なので、詐欺にはころっと騙されるし、大げさな言い回しや盛り上がるような言い方で政治に利用できたりする。
それは、アンケート結果やグラフ、これとこれには因果関係がある、という一見論理的な根拠がありそうな言説にも騙されやすい、につながる。
(そのアンケート結果は、限定された人々の意見なのではないか?とか、肺がんと煙草の因果関係とか、他の要因もあるのかもと疑うのも大事)
私たちは言葉を信じているからこそ、簡単に騙されるということを知っておいて損はないです。その他、映像や言葉を発する人の見た目、態度にも騙されちゃうので、なんかもう素直ないい人って危ないですね。


・言葉で差別意識を無意識に持ってしまうことも知っておいた方がいい

方言やカタコトは洗練されてない、標準語はきどってる、冷たい、みたいな価値観が一般化するのはよろしくありませんね。
方言女子かわいい!もだめなのかな。でも、音の印象でかわいらしさや力強さ、女性男性を感じてしまうのはしょうがないらしいんですよ…(濁音は発音がめんどくさいのでよい印象がないそうです。あと、口腔内空間が膨張するので、大きい、強いなどの印象も持たれるそうです。)


・言外を読み取っている

人には、行間を読む力もあって、言葉と、言葉で書いてない部分、合わせて一つの意味、ということです。
だから、文をどこで切って、次に何をつなげるか、行間にもよっぽど意味があります。
映画でモンタージュという、ある映像に別の映像をつないでいって、時間や空間の距離や、哀しみだったり恐怖だったりを表現する手法があるのですが、それも人の行間を読む力あってこそです。行間の読み方には、AとBの関係を想像したり、AとBを合わせて次に何が起きるか予測したり、何が起こったのか想像したり、色々あります。
憲法や法律の文章の一文が長いのは、なるべく文と文との切れ目、行間をなくして、余計な思惑を入れさせたくない、ということらしいです。
あと、辞書なんかの文が体言止めだったりするのも、書いている人の「個性」「思惑」を想像させないため、らしいです。
あと、日本語は言外の読みを促す言語らしく、それでいい事もあるんでしょうが、余計な忖度とか、あらぬ誤解とか、へんな空気に染まっちゃうとか、ありそうです。


・言葉と現実の頭の中は違う

例えば、「~はこう思った。」と文章を書くとして、誰しも、そんなに理路整然と思考していない。思考や思いは、好き嫌いやその時の状況により、常に乱雑に散らばり、あっちこっち行っている。言葉の文法にあてはめて、ちゃんと考えているように装っているだけだと思う。まあ言葉自体が、一般化、省略、要約、分類のための仕切り、だし、今使っている言葉は、昔誰かが考えた言葉で、今の時代にぴったり合っているわけでもない。まだその言葉が発明されてなくて、言い表せなさ、もどかしさ、というのが常にあると思う。だから、今文字で書いていることも100%ほんとって無理だと思う。50%くらいかな?
あと、現実自体が常に流転、身体の細胞やくっついてる菌類もめまぐるしく生まれては死に、エネルギーも入れたり使ったり、まさに諸行無常でとっても忙しいのに、言葉はとても硬く、何かをそこに固定しようとする。
まあそういう意味では、言葉の真実度?リアルさ加減?は低いと言える。


・本を読むということは…

本の文章には必ず、知覚、思考、情緒が入っていて、本の作者が、どういうふうに世界を認識し、自分の中で要約してるのかを追体験することで、読者は世界の認識の仕方、理解の仕方を学んでいる。偏った思想の本ばっか読んでたら、そうなっちゃうんだろうなー

それプラス、読者の経験を思い出したり想像力を駆使しながら読むので、読書は一見受け身だけど、作者との共同作業でお話を新たに作りながら読んでいると言える。





今の時代の言葉の周辺


・言葉との付き合い方が今までとは全く違う時代に突入

誰もが、気軽に、長々と、言葉を全世界に向けて発せられる時代って今までなかった。
昔は手書き、ガリ版、なんかで一生懸命書いていたから、みんなが文字を連ねる物理的な大変さを知っていたし、そういう点でも多分、作家は尊敬されていた。肉筆を読む編集さんも必死だったと思われる。
それが今じゃあねっころがりながら鼻歌まじりでぽちぽちやっても書けるしコピペの時代だから…編集さんのチェックが入っているのか怪しい本もいっぱいあるし。
言葉という、貨幣にも等しい生活基盤を、やろうと思えば誰もが無責任に放出し、浪費し、捨て、消去できる時代。
それがいいことなのか悪いことなのか。なんか、ぺらぺら~で重みがなくなる気がするけど。
特にツイッターでは書く方も読む方も、責任感がゼロというか、ソースなしの間違った情報平気で乗せるしデマを書くし、それに賛同するし。
それに加えて、デジタル媒体での、映像付きの力強い言葉って感染力が高いらしい。人は見た物をすぐ信じる癖があるから。
くわばらくわばら…
媒体や発信のされ方によって、言葉(映像も)の信用度を上げ下げする時代ということかな。昔は、書籍として出版されているものにはある程度の信用度があったんだけど、今やSNSで評判のいいものがそのまま出版されているのもあるからな…題名詐欺も多いと感じる。〇○の科学とか〇○講義とか書いてあっても、作者の経歴が怪しかったり。
もちろん悪いばっかりでなく、いい言葉が必要な人に届いている可能性はある。


・デジタル世界に言葉や知識がどんどこ蓄積されていくと…

集合的知性(個々の意見(人の意見は知らない)を平均すると、案外正しい解が得られる)みたく、人類の知がアップデートされるのか、されないのか。


・デジタル書籍が頭に入ってこない

デジタル書籍って全然頭に入ってこないんです。何故なのか?知りたいよ。一説によると、人は文字を風景の一部と認識してて、本は3次元的な地形だと思ってるらしい。デジタル書籍は平面だから、脳の使う場所が違っちゃうのかな?読めはするけど、記憶に残らない・・・ある程度記憶しながら読まないと筋が分からないのに、その記憶ができない。本だと、厚みで、だいたいの距離感が測れる。薄い本なら、そんな複雑な事書いてないだろうとなるし、厚い本だと、人がいっぱいでてくるんだろうなーと覚悟しながら読む。そう、本を読むっていうのは、常に予測しながら読むってことなので、デジタル書籍だと、ぜんぜん予測できないし(慣れればできるようになるのかな)あと、読み終わったあと、本なら真ん中らへんの右のページに書いてあったとか記憶できてるんだけど、デジタルだと、どこに何が書いてあったか、というのを思い出せない。結果、内容もよく思い出せない。
デジタルだと、すごい狭い1本道を歩いてる感じで、本だと、遠くまで見渡しつつ飛行してる感じ。確かに地上の道だけだと地理を覚えにくいかも。地図を見るのは苦手なんですけどね。


・言葉について、現代の問題

今の若い人はテレビ、ラジオをつけないので、「ほぼ全員が普通に」知っている共通の語彙が少なくなっている。
子どもがデジタルの問題集になれちゃうと、板書できないとか、長文を批判的に読めないとかの弊害があるらしい。
デジタルの世界って、一見多様な意見あふれる寛容な世界と思いきや、自分の世界に閉じこもれる世界でもあり、自分に都合のよい情報だけに閉じこもる狭量な人もいっぱいいる。
紙に書いて記録・思考する派と、スマホに保存する派や、紙の本とデジタルの本のどっちに親しむか、で脳の記憶回路やそれに伴う思考回路が違ってくる可能性がある。
これらは、今後、どういうことになっていくんでしょう?デジタルネイティブとそうでない人との断然、無理解、恐怖、からの差別がはじまるのか…


・その他、言葉に望むこと

標準語も通じる言葉としてはあっていいんだけど、標準語では表せない言葉で、方言では言える言葉は積極的に取り入れてもらいたい。
沈殿物が下にたまってることを言う方言があったんだけど、なんだったっけな。


とにもかくにも…

・伝達、交流などなど、言葉はめちゃくちゃ便利な道具だな~

想像や空想の世界を広げられる=想像したものは作れるらしいし=想像力は人の心の痛みを想像にもつながるし
時間と空間を超えられる(昔の外国の小説とか面白いし!)
ラベルになる、情報を短くして記入しておける(探す手間が省ける)
ありとあらゆるものを言葉で短くすることで、記憶したり思い出したりできる(脳がすごいともいえる。思い出す力も使うから、読書は面白い)
伝えるのが難しいものでも、比喩を使うと、皆が知っているもので代用するから、伝わる。考える時も比喩を使ってるのだそうです。心が「広い」とか愛情を「注ぐ」とか、物に例えると抽象概念のことを考えやすい。
違う言語でも、翻訳があるから、国を越えて、世代も越えて、まあまあ通じ合える。
言葉の組み合わせだけで、面白いこと、感動すること、色々創作できて…お金かからなくていいよね…


↓読んだ本です。

『本を読むときに何が起きているのか ことばとビジュアルの間、目と頭の間』ピーター・メンデルサンド(著)フィルムアート社
『タイトルの魔力 作品・人名・商品の名前学』佐々木 健一 (著)中央公論新社
『文体の科学』山本 貴光 (著)新潮社
『ことばの力学 応用言語学への招待』白井 恭弘 (著)岩波書店
『日本語とコミュニケーション』滝浦真人(著) 大橋理枝(著)放送大学教育振興会
『「あ」は「い」より大きい!?音象徴で学ぶ音声学入門』川原繁人 (著)ひつじ書房
『新記号論 脳とメディアが出会うとき』石田 英敬 (著), 東 浩紀 (著)ゲンロン

新記号論~以外はやさしく書かれた本なのでご興味あるかたは是非~


散文(批評随筆小説等) 言葉とかについてつらつらと Copyright ふるる 2020-01-19 18:03:42縦
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