美しい一滴
千波 一也


不意に
思いもよらず突然に
この胸を満たすワンシーンがよみがえる

なんの前触れもなく 伏線もなく
なにかを思い出すとき
わたしたちはようやく心あたる
それを忘れていたことに
心あたる

努めて
ひたすらに呪詛を唱えるように
忘れようと励んでも
それはきっと離れてゆかない

忘れようとしていたことすら
遠い岸辺になり果てた頃に
わたしたちは
ふと気づく
願ってやまなかった忘却のなかに
わが身のあることを
ふと 告げられる

なにかのはずみで
ささやかな時刻と再会するとき
わたしたちは「忘れる」という魔法の
結実のなか

華やかさはなく 凄みもないけれど
その愚かしさゆえにこそ
その哀しさゆえにこそ
疑いようもない循環の
確かな一滴としての
美しい日々が
キラキラと 生かされてゆく 

流れつくさなかに多くと出会い
流れつくまでに総てを忘れても
わたしたちはみな
美しい一滴

偽りようもなく
あらわに ただあらわれてゆく
小さな小さな祈りを載せて










自由詩 美しい一滴 Copyright 千波 一也 2019-12-03 14:54:32
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