ヲイラゑ
善最ぴっきゐ

出奔と名残る煖氣 、(半身と出遭え、黙智の人いきれから)
想像が半端ではないということだけならいいのだが
(To Dream・See)
想像のしすぎで生活に支障がでるということになるから、
“病”だと認定されるのであり、
生活が上々であれば、
支障が許容範囲内なら、
命に別条がなければ、
どれだけ想像をたくましくしても、
空想夢想に更けても、
“病”ではないんだ.。、

遥か先の離れた時空からは、
今の世界は、今の時代は、
ほとんど動かない岩と大陸の
成長のようなネオン管の中を
走ってる終わった都市を
あおぎあおぎ月をあえぐ
平和な国の平和な町の
少年の傷の心のよに
きらめく他しかない絶えた配線の透明さ
がきつく刻む拍動の毎瞬

別のカラコロ鳴る壁のあいだあたりで
笑いを探すんが間違ってるから、
手で触れられるツレを先ず大事に大切に痛切を
そこにあい場面に祈らせる、
から、生まれるチョカシ可笑しくて、
(「にゃんぱチーフの子守唄。」
いいな、なんかネイティヴ・アメリカンの感じやな。
「そんなつもりはない。」
じゃ、どんな感じ?
「ポンチョみたいなかんじやな」
アンデスみたいな?
「そう、そんなかんじな!」)

これだけが日常なら文句なしけど
非世界宇宙の意図が話のできない心の通じない存在を求めていて、
完璧な風水の陣形/神敬、
出口を過ぎるまで(本当の)出口に立ち向かうように
出口のなかを出口へ向かう

いつまでもつづけたいんは思うことが始める、

若害逆嬢の人知れぬ落涙に透ける
真光の得も云われなさに
いちどきの夢の賑わいを帰る
祖述されるしきたりの起点として
即知特記せた、
生きたい、
春の雪のかじかみみたいな、
ニコリをはにかみに笑い返すを視る、
やよい尽待ちの、
かたちを保ててる感謝を、
化作へ匍匐するたびに理念を補正し続けられる
指奔りの見巧者を、
俺も相成る隣の笑い上戸を
養え



自由詩 ヲイラゑ Copyright 善最ぴっきゐ 2019-03-16 14:23:22
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