夕日の約束
立見春香

なにに触れたい
どんな言葉にして告げたい
その言葉に夕日は驚くほど
ウブなふりをするのでしょうか?

すっかりと
夕日は街を歩く人の影を
針の線にし
けれどようやく生き返った人はみな
やって来るピンクの夜を
期待に胸踊らせて
恥じらいつつ待っています

新しい朝日に
なるために
布団に入ったおひさまを
安らかに眠らせるために
代用品として夜空に浮かぶ
感情定まらない青白い月が
その夜かぎりの子守歌を歌うのです

この街を歩きます
今日は一日
ずっとささくれだっていたのです

街ゆく人が見上げた空に
満月なら満月が
三日月なら三日月が
新月なら新月が
静かな誓いをやわらかい光にして
やさしくやさしく歌を歌うのです

誰も知らない

幸せだけが
とてもわかりにくくて
上手に泳げる人間にはなれないんですよ

感度だけを研ぎ澄まして
さながらたんぽぽの花のように
繊細っぽい顔つきで
さながらたんぽぽの茎のように
か細く折れかけながらも
さながらたんぽぽの綿毛のように
一日を浮き沈みしてきたけれど

泳げない人生などないのです
そう信じて
夕日が沈む黄昏に思います
夢よりもあいまいなあたたかさを

そして明日は朝から真っ赤な一日が
はじまる予感がするから
今この瞬間の昏れなずむ街の遠景を
この記憶の引き出しの中に
折りたたんでしまい込む作業だけ
忘れずにおこなっていく必要があります

それが旅に出る前の
夕日の約束です






自由詩 夕日の約束 Copyright 立見春香 2019-03-09 03:30:35
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