Sestina
ふるる

あの山から降りるのは困難なことだ
見るからに太って大汗かきの男がこう述べた後
突然の暗雲
みなはディナーの手をとめて
お互いの顔を眺めた
そうすれば何もかも大丈夫だと言うように

光雄は宏子の秘密のノートを破った
そうすれば何もかも大丈夫だと言うように
二人は校舎のほぼ中央で
口を結んだまま灰緑の山々を眺めた
普段は歩けば歩くほど遠のいていくそれらが今日は
近づいてくるようにしか思えない

明日になればこの理由のない恐れも消える
一人がそう呟いたが本当は終焉が
近づいてくるようにしか思えない
口には出せないのだが破られたノートの一部が
皆の前に出現しもう何の言い訳もできないのだが
皆口をつぐみ彼のことを考えないようにした

三日が過ぎてしまい
光雄の帰りを待つ宏子は同じことを聞くが
もう何の言い訳もできないのだった
皆口をつぐみ彼のことを考えないようにした
彼の変わり果てた姿には施しようのない欠落
確かに山からは降りてこられたが

確かに山からは降りてこられたが
光雄は静かに怒りを込めて人々を見た
正確には見たのではなかったが
そして宏子の姿は瞳に映らなかった
光雄と宏子の関係を断ち切ったのだ
それぞれの罪を断罪する誰かが

皆はしばしの平穏に安堵を隠しきれず笑い
思い思いのやり方で山を降りた
光雄は宏子を忘れているように見えたが
ノートの一部を隠し持ったということが全てを語っていた
それぞれの罪を断罪する誰かが
言い逃れはできないぞと嗤う声が聞こえる


確かに山からは降りてこられたが 言い逃れはできないぞと嗤う声が聞こえる 
皆口をつぐみ彼のことを考えないようにした そうすれば何もかも大丈夫だと言うように
しかしそれぞれの罪を断罪する誰かが 近づいてくるようにしか思えない




sestina
セスティナは一連が六行、各行の最後の六つの言葉が毎連ごとに繰りかえす詩型。
繰り返しの順番は各連で異なり、六連にわたって続けたのち、最後の七連は三行、ただし各行に二つづつ繰り返しの語句が含まれる。
この詩では各行の最後の六つではなく、最後の行をどこかで繰り返しているので、セスティナを変形させたものということで。



自由詩 Sestina Copyright ふるる 2019-02-20 01:10:07
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