さよならフォルマッジョ
帆場蔵人

戸棚のなかには古く硬くなりはじめた
フランスパンに安いチリ産のワイン
書きかけの手紙はすでに発酵し始め
こいつはなんになる? 味噌でも醤油でも
ない、カース・マルツ? 冴えないな

フォルマッジョ・マルチョのほうが
好みだけどな、あの手紙の宛名は
誰だっけ、お袋でもないし、友だちでもない

蛆のわいた腐ったチーズ
サルデーニャ人の羊飼いに
贈れば喜ばれるそうだが
そんな知り合いもいやしない

でもチーズは好きだな、蛆がわいてなけりゃ
もっといい、最高だ、みんな好きだろ?

The Cooper's Hill Cheese-Rolling and Wake、チーズを転がし奪い合う、祭りだ
祭りには生け贄がいるんだ、この手紙に
書かれていたなにがしかの想いを捧げたら
生け贄にはならないか、血も所望?
安いチリ産ワインで許してくれよ

アルコールとは手を切って真っ当な
人生を歩みたかった、おまえが好きな
もの、たくさん教えてくれよ、また会おう
あの映画、朝日会館のアジア映画祭で観た
映画のタイトル、わすれたから、教えてくれ

真夜中のティータイム
向かいあうあなた
眠っているちいさな吐息
暖かな茶の薫りに満たされた
胸から吐息とともに言葉が
だれに向かうというわけもなく
あふれてあなたが拾いあげて
それを胸にしまっていく
また静けさが降りてきた

戸棚のなかはすっかり、がらんとして
余所余所しくハッカの香りがする
白いもの、ぼくはぷちり、と潰した
ゆび先を舐めてフォルマッジョとつぶやく
外国人の友人はいないから、さよならだ


自由詩 さよならフォルマッジョ Copyright 帆場蔵人 2019-02-17 22:53:36
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