騒乱、喰らい尽くして
ホロウ・シカエルボク



打ち捨てられた死骸の硬直した筋肉は鮮やかな色身だけが失われていて、それはまるで土に擬態しようと望んでいるみたいだった、心配は要らない、それは必ず叶えられる、おまえがもっと失われ続けたあとに…耳打ちをするように背の低い草花どもが揺れ動く、騒乱、喰らい尽くしてこのおれは独りで立っている―冬の日は槍のように焦点のずれた両の黒目を貫く、なにかを見せないようにしているのか、あるいはなにかだけを見せようとしているのか?どちらにせよ眩んだおれには関係のない話だ―少なくともこの瞬間には、まるで…眼球には粘つく体液が絶えず絡みついている、それが時々おれを苛々とさせる、でもそれをどうこう出来ることなどあるはずもない、それは変りようのないものに盾突く愚行というものだ、たとえば―運命とか―なにを見ようとしているのか?この世とは、ひととは、おれ自身とはなんだろうと思い始めたハナタラシのころから?おれはそれが一言で言いきれないものだとかなり早い段階から知っていた、だからこそ踏み込みがいがあるものなのだと―川砂のなかに眠る金の欠片を探すようなものだと…どれだけ漁ればいいのか、どれだけ溜め込めばいいのか、どこで尽きるのか、尽きたものはなにかのきっかけでまた生み出されるのか?なにもわからないことこそが真実だと思った、安易な悟りや成熟にはハナから興味がなかった、誠実さは妥協じゃない、人生は越えられるハードルだけを飛び越えるゲームじゃない…なにが出来ないのかを知らなければ、ひとはその先へと行くことは出来ない―殴られなければどこが自分の弱点なのかを知ることは出来ない、つまりはそういうことだ…殴り合いには殴り合いの強さがある、どんなことにもそういうものがある、それは努力じゃない、それは力でもない―もちろん真っ正直に取り組めばいいというものでもない―あらゆるものには構造というものがある、それを知ることだ…それはあらかじめ出来上がったものではない、途中途中で追加され徐々に構築されていくものだ―それがどんな性格のものなのかを肌で知るまでとりあえずは続けることだ、それを知るのは容易なことではない、間違ってとらえてしまうこともある、とくに若いうちは―わかりすぎてしまって一歩も進めなくなることもある、でもその奥がまだあることに気づけば進むことが出来る、とにかくなんでも、何度でも試してみることだ、まだ生まれないメロディーのコードを探るように…ある瞬間に突然わかりはじめる、それはダムに空いた小さな穴だ、決壊すれば気も狂わんばかりの衝動がやってくる、たったひとりの人間の内で始まる騒乱だ、たくさんの血が流れる、たくさんの死体が転がる、それは何時かにもあったことだ、おまえも本当は確かに知っている光景だ、そうしたものの一切がおれたちを構築している―おれは血塗れになりながら新しい獲物に喰らいつく、歯を突き立て、顎に力を込め、その肉を一気に噛み千切る、生温い絶望の臭いがする、口のなかでどろどろと生命がもがいている、噛み砕き、磨り潰し、味わい飲み込むと、獲物の体温がおれのものになる、おれの心臓は興奮で膨れ上がる、見ろよ、おれの目は血走っている、そのときのおれは確実になにかを知っているんだ―ひとは誰もおのれの内に獣の本能を残している、それは喰らうのを待っている、そして喰らわれるのを待っている、喰わせろ、喰わせろと内奥で吠えている、それは耳に届くことはないが、そいつが吠えるたびに筋肉は振動する、そのわずかな揺れが、すました顔で生きているおれを焚きつけるのだ、おれはワードの奥底にそれを見ている、白い画面を埋め尽くす羅列の中で、きちがいのような目をしたおれがこちらを見返している、おれはそいつと睨み合う、それはとんでもない戦いだ、わかるだろう―どちらが勝ってもくたばるのはおれなのだ―それは避けられない戦いだ、そして幾度となく繰り返される戦いだ、それがおれの野性の在りかただ…いつかおまえはおれの死体のそばで、おれがなんのためにそんなことをしていたのか知るだろう、様々な血にまみれたおれの身体は、これまでにおれが並べてきたどんな言葉よりも雄弁におれ自身を語るだろう、おれにはすでにそのことがわかっている、だからこそもう一度喰らうだろう、きちがいのような目をして、汚れた歯を見せて、おまえに語り掛けるだろう―「わかるかい、これがおれの野性の在りかたなんだ」―おれは腐敗する前に、たくさんの旋律でおれの身体を埋め尽くすだろう…。



自由詩 騒乱、喰らい尽くして Copyright ホロウ・シカエルボク 2019-02-14 00:04:31縦
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