後期




遠い友人が教えてくれた小説を目に入れている

その小説の左側には、窓があり、白いカーテンに
覆われている
青白い優しい光が、部屋の半分を
容易く理解し得る輪郭にかたどっている

右側には、薄暗いテーブルがどこまでものびている
いくつかのコップが、飲み残された液体とともに
天井に向けて、立っているだろう
昨晩の記憶が、そうだと云っているのだから
コップは、間違いなく三つだ

草が吹いてくる
風が生い茂る
海原に置かれた人間のように
わたしは時間の浮として
漂っている
されるがまま、多少の誤差を生みながら
わずかな位置を、かろうじて保持している
日々、わたしは、同じ場所に座り
風が生い茂る遥か向こうを
眺めている
決まって吹いてくる草に
全身をはためかせては、萎れる。
そして、次から次
生まれては、崩れていく草の波が
風を通して
わたしの背後で消え去って逝く
しかし、わたしの背後には
ひっそりと夢が生まれはじめている
制御されることのない
幾方向へのねじ曲がりの時間の世界が
かりそめの住人のわたしを
なんなんりと受け入れてくれる
絶えず新人として、わたしは
不確実な代役として
冷たく見守られている夢に
頭から没入してゆく一本の棒になる

小説を捲る、見も知らぬ男が
見も知らぬ人々と、会話をしている
それらを音にした耳が、目の中で
あっけなく立ち去ってゆく

見覚えのない住人こそ、血縁におもえて
わたしは、彼らの正面に立とうと
執拗に脚を、胴体から切り離し
右往左往して時間の中に浮いている
正面は、絶えず揺れ動き、定まることを教えない
わたしの胴体は、浮遊し続け
開こうとしては、思い止まる口が
喉の奥まで乾き切って
音を手にする道筋を
奪い去られたいま
手や首を中空に繰り出し、曲げ伸ばしては
定着させようと
動作は、涙さえ流している

うずくまった男が、数人
後悔や懺悔の、薄暗い右側の場面で
心細く謝罪を、繰り返し
繰り返し
繰り返しているのが
手に取るように、頭に入ってくる
そして、ぼくは、いったい、何者なのかと
呻いている端役が、どうやら、わたしらしい
昨晩の記憶が、そうだと云っているのだから

窓の外でも、ビルが吹き出した
街に風が生い茂り、空が淑女のように股を開く
わたしは、深々と椅子に腰を沈めると
抜いたペンをまた刺した
そして、腕のようなものを握った
それは、主役の一部だった
ぼくが、何者か、薄っすらと解明され始めたころ
何処からか主役が登場し、棒のように
わたしを、乱暴に拾い上げる
うずくまった男たちが、安堵する瞬間だ
主役の美しい動作の連続は
遠く、夢の外へ、わたしを投げ捨てるフォームで
完結される 薄暗いテーブルの周辺から
押し殺しきれない歓声が、立ち上り消えて逝く
小さなエピソードが、かろうじて確保されている
わずかな位置にわたしは、頭から突き刺さる一本の棒だ

窓がある
青白い優しい光がある
遠い友人が教えてくれた小説を
目に入れようと血眼になっている
覚醒という振り出しに座り
容易く理解し得る輪郭の中で
どこまでものびる見知らぬ自分に
読み仮名を無限につけながら





自由詩Copyright 後期 2019-02-07 12:37:31縦
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