秘め事
メープルコート


 雪を降らせるつもりの寒空の下、
 点る街灯に人々の影は歩いてゆく。
 悲しみ溢れたその光景はとても虚しい。
 街角に佇む人の生がぼやけて見える。

 すべての信号が赤になったその瞬間、
 私はどこに向かって歩き出せばよいのだろう。
 
 四方を見えない壁に塞がれて・・・(人にはそれが見えないのか)、
 コートを羽織った顔のない人達の流れが澱んだ川のように。
 一日の幕が下りようとする湿った時刻、
 私は一人信号が青に変わっても動けないでいた。

 目の前の寂びれた喫茶店からドビュッシーの「夢」が聴こえる。
 ちょっとした気遣い一つで人々は笑顔になれるのに。

 辺りが次第に暗くなってきて、街灯が煌々と輝きを増してくる。
 とにかく私は歩き出さなくてはならない。
 明日の為に。過去の思い出の為に。未来の希望の為に。
 夢だけが生に実感を与えてくれる。

 そのうちこの街も静まり返るのだろう。
 その中で私は一日の生を取り戻すだろう。
 気が付けば街には雪が舞っている。
 
 


自由詩 秘め事 Copyright メープルコート 2019-01-26 05:16:52
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