さやかに星はきらめき
ホロウ・シカエルボク


市の大手建築会社の、一大プロジェクトとして作られた街外れの巨大な新興住宅地は、建てられたもののろくに買い手がつかないまま数年が経過していた、そんな隙だらけの巨大な新築廃墟など、瞬く間にフラストレーションを溜め込んだ若者たちの発散の場になりそうなものだが、街の入口にある「防犯カメラ起動中」という警告と、建築会社お抱えの警備保障会社のロゴのステッカーがそれを阻んでいた、それがもう何の意味もなさないただの飾りであることを知っているものは少なかった、建築会社は倒産し、名前だけを残して他の建築会社に引き継がれた、新しいボスは、もともとの責任者をこぞって無職に追い込んだ一大プロジェクトになんの関心も抱くことはなく、警備の依頼を打ち切られた警備会社はとうの昔に警報システムの主電源を落としていた、俺がそれを知っているのは、ちょうどその建築会社の社主交代の際にお抱えの警備会社の社員として働いていたからだ―いまはくだらないレストランでオムライスを作って暮らしている―まあそんなことはどうでもよくて…翌日が休みの仕事上がりのときにはスクーターを飛ばしてよくこの新興住宅地に訪れる、ひとつふたつ売れていた家もすでにもう手放されたようだ、生活を示す灯りをともしている窓はひとつもなかった、街のど真ん中には巨大な運動公園があって、そのグラウンドの中心で腰を下ろすと、市街地ではちょっとお目にかかることの出来ない天然のプラネタリウムを楽しむことが出来る、夏の夜などそれを見上げたまま朝まで眠ることがある、さすがに今頃の季節にはそんなことは出来ないけれど―その日、住宅地を端から端まで歩いてみようと思ったのはちょっとした気まぐれだった、本当に誰も住んで居ないのか、住んでいるやつが居るとしたらどんなもの好きなのか、ささやかな興味を抱いたからだ、これまで何十回とこの街を訪れたが、人間の気配など感じたことはなかった、人間が住んでいる痕跡ひとつなかった、公園の公衆トイレは建てられた当時のまま美しさを保っていたし、どこも壊れてなどいなかった、メイン道路にはブレーキ痕ひとつなく、どこかの家でアイドリングしている車のエンジン音などひとつも聞こえなかった、住宅地は規則正しく並んでいて、俺は公園横の道路を起点にだいたい東西南北に分けて歩くことにした、営みの感じられない街の中というのは奇妙なものだった、ニュータウンといえど、人間を感じさせるものが必ずある、門扉にかけられた装飾的な表札やポスト、壁に立てかけられた自転車やプランター、人気が無くてもそうしたものがそこで誰かが住んでいるという事実をあらわにしている、この街にはそんなものがまるでなかった、「街はそのままで、人間だけがごっそり消えてしまったような」そんな世界に迷い込む話たまにあるよな、と、そんなことを考えながら歩いていると、ひとつのブロックの終わりに小さな教会があるのを見つけた、どこぞのリゾート地にあるような、いびつな台形の建物の屋根に十字架を突き立てたような教会だ、さて、と俺は首を傾げた、するとここには誰かがやって来ることが決まっていたということなのか?それともまずはこしらえて、住人を改めて募ろうという腹だったのだろうか?窓に明かりはなかった、住居としてこしらえられたものではないのかもしれない、なにかの催しのための―たとえばウェディングとかの―そういうものなのかもしれない、中を見ることは出来るだろうか?俺は玄関に歩み寄って、小窓から中を覗いてみた、映画などでよく見る、普通の教会だった、あまり広くはない、席数は六十程度だろうか、奥にはキリストがお決まりのポーズで掲げられている、よく思うことだが、彼らははりつけられたキリストが誇らしいのだろうか?なぜあの場面でなければいけないのだろう?俺は無意識に覗くときに掴んだドアの取っ手を引いていた、かたん、と小さな音がしてそれは手前に開いた、えっ、と俺は少しの間入口で立ち尽くしたが、奥から誰かが出てくる気配もないのでそのまま足を踏み入れた、ホラー映画なら間違いなくこのまま殺されるんだろうな、と考えながらしばらくの間、磔にされたキリストを眺めてみた、キリスト自身、なぜ他の場面では駄目なのだろうかと考え込んでいるみたいに見えた、おそらく考え過ぎて判らなくなっているのだろうなと俺は思った、建物の中は暖かかった、すこし不自然に感じるほどに…俺はキリストのすぐ近くの椅子に腰かけ、横になってぐっすりと朝まで眠った、朝になって誰かが不思議そうに俺を見降ろしている、なんてことはなかったし、街の中で誰に会うこともなかった、ただあくびをしながら歩いて公園に戻り、止めていたスクーターに乗って家に戻っただけだった、ただそのこと自体が少し奇妙な感覚に包まれた出来事であったのは確かなことだったし、俺はそれからそのニュータウンを訪ねることもなかった。



自由詩 さやかに星はきらめき Copyright ホロウ・シカエルボク 2019-01-15 14:35:48縦
notebook Home 戻る  過去 未来