● 詩学 天声人語より折々のうたから世界を学んだ ●
足立らどみ

歌人はオリジン万葉集に続く連綿とした歴史を学んでこそ
の免許皆伝と思うと、自ずと頭がさがる。

学ぶべきものがあるというのは、安泰だ(何が?)、
学んでいないが読書として枕草子をまた読み始めるけど

今は私は詩について語りたい。

30代のころ、職場の飲み会で、上司の代取に
からまれたことがある、文学部卒の彼の質問は、彼の卒論の
テーマの永井荷風とかについて、詩人気取りの足立(仮名)君は、
どう考えるというイヤミだらけの質問というより尋問だった。
私は以下のように答えた。
「私は文学部卒ではありませんし、詩人でもありません、
ポエトリーリーディングの経験があるのは否定しませんし、
人の詩を読むのは大好きですし、私も詩のようなものを
書き綴りWEDなどでUPしてます。長い間、詩学の愛読者
ですし、編集長の寺西さんは呑み仲間です、しかし専門に
勉強を強要されたことも専門に学んだこともありません。
大学時代の演習ゼミのゼミ担の先生は、大岡信先生で、
黒魔術は学んだ気はしますが、詩を教えてはくれてません。
私は、詩が書けませんし、書きませんし、たいした詩の歴史のない
日本の散文詩を体系的に学ぶというひっ迫した感情もありません。
あえて言うと、代取の卒論の永井荷風とかも、専門的に学んで
いませんが、先達の一人として、真面目に敬意は払っています。
加えて言うと、音大で理論武装した人間の奏でる音楽よりも
ストリートミュージシャンの中で輝いている歌うたいの方が
よっぽど好きですが、詩についても同じだということです。」

翌月、人事異動があったのは致し方無い(笑)。

さて、そりゃ、情報は多いほうが有利だろう。
言ってみれば
現在と昔の違いは
10代の若者と大人の違いは
10代は情報収集ツールが少なかったことだ

私の場合は、毎朝、天声人語を読みなさいと
高校通学中に読んでいたけど、時々しか魅力を感じなくて、
むしろ、折々のうたが面白くて、調子の良い朝は
一度読んだだけで、一字一句暗記できていたほど
のめり込んでいた。そしてそこから世界を学んだ。

大学に入っても続いていたし、大学院で机を頂き
学んでいたときも、20代、30代になっても
似たようなものだった

1995年以降の30代になっても、
基本は
私は折々のうたの小さな四角の枠から
世界を見ていた気がする、それだけで充分だつた

枠には鉄格子があり、
私は自分で作った(てきとうな)
檻の中の鉄格子から四季変化していく
世界を眺めている、野獣のままだつた

今は、日々、読むべきものもなく、
その分、鉄格子は脳ミソを拘束して
精神の手錠になっているのだが、、、

悲しいサガだ

私は作り手の「ぼく」をキチガイ呼ばわりしているが
私自身も案外似ているのだろう

ぼく=私にとっての詩は「魅了されるもの」なのだろうか

ある詩人はテレビや新聞から離れた生活をしていることを
吐露しているが、それも充分理解できるけど、私は逆のようだ。


私にとって、恐らくは、
詩は死であり師である。

私は詩を恐れ怖れている。
詩に魅了されてしまう人達とアプローチの仕方が反対なだけ、
そう思うと少しは気が晴れる。

オリジンに戻るけど、散文詩の歴史について浅い日本の文学は
詩的な部分はお伽話しや、随筆や、踊りや、雅楽に染み込んでしまい、
詩といえば、イコール定型詩になつていたのを現代詩人たちが、
日本の散文詩の発掘のために、沢山のチャレンジ、研究を
しているわけで、谷川俊太郎氏の詩的なものが、
あちらこちらにあるという言い回しも、同じ流れだと思う。

こー書いてみると、
日本の現代詩を学ぶということは、かなり大変なことなんだよね。

がんばって‼︎


自由詩 ● 詩学 天声人語より折々のうたから世界を学んだ ● Copyright 足立らどみ 2018-11-11 13:39:45
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