蛾と蝶の見分けがつかなくて
こたきひろし

化粧をしない女と
化粧をする女

口紅を塗らない女の唇は渇くばかりで
あったかもしれない
口紅を塗る女の唇は艶やかに濡れていたに違いない


彼が目を覚ましたのは誰かの足音が耳障りだったからだ。
その部屋は彼が働いて住み込みで寝泊まりしていた所だった
その部屋に女の気配がした 声がした
洗濯機の回る音がした
女か部屋に入ってくる
彼が起きた事に気づいて
ごめんね。洗濯機使わせて貰ってるの
彼が驚いて周囲を見回すと女物が部屋干ししてあった

ごめんね。男の人には眼の毒よね。
下着なんかも干しちゃって
と言う女に彼はかなり戸惑った

勿論彼は女の顔は知っている
小夜さん早いね 出勤は十一時からなのに
と彼が聞くと
洗濯物溜まっちゃってさ あたしのアパート洗濯機協同だから、あんまり見られたくないのよね。男の人には
えっ、俺も一応男だけど
大丈夫でしょ、K君無害無毒にしか見えないよ
言われて彼は少なからず腹がたった
第一、小夜は十六。彼より三つも下だった。
馬鹿にされたような気がした
十六歳の小夜が何でアパートで一人暮らしているのかは不明だった

ただわかっていたのは、小夜はまだあどけなさの残るに違いない素顔に化粧をしていた事だ
紅く塗られた唇はあやしげに濡れている事だ
彼はそんな小夜の姿に圧倒されながら、何でそんなに早く女の階段を上る必要があるんだと思っていた
K君ちょっと立って見て
小夜が突然言い出した
恥ずかしいよまだ着替えてないんだから
彼は言ったが
いいから、いいから立って見て、そして三回まわってみてよ。そしたらワンと言ってみて
彼は何も考えないままに言われた通りにした
そしたら女が言った
馬鹿だな 人の言いなりになって そんな男に女をどうこうなんてできる訳ないじゃない
言われて彼は何も言い返せなかった


自由詩 蛾と蝶の見分けがつかなくて Copyright こたきひろし 2018-11-11 02:10:15
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