最後の砦
悠詩

戦士は荒れ果てた野にひとり立っていた
大振りの剣を脆弱な杖に窶しながら
脆弱でも杖がなければ歩くことは叶わず
勲章にもならぬ全身の傷に耐えることはままならず


敗戦の末に歩いた夜の闇は
己という恥辱を己に思い知らせ
ただ帰還するためだけに歩く身を
ひっそりと嘲笑う



己を勇者と託けて出立し
後に残した砦には
慈しみをくれた両親と
愛すべき子供たちと
敬愛する師と
笑い合える友と
慰みに玩んだ猫と

戦士自身の未来




大振りの剣が杖としての侮辱に耐えかねた頃
自慰を求めた帰還が果たされようとする
黎明とともにさやかになりつつあるのは
瓦解し蹂躙し尽くされた砦の姿
その中にただひとつのみ
傾いでいたポールに旗が力なく垂れ下がっていた



戦士は膝を突いた




自らを勇者と託けていた時には
守れることを信じていた
前に進めば
時の流れは跡から附いてくると信じていた



事実は信じていたことと違う
砦はただそれだけのことを示していた





空を雲が覆い激しい雨が降る
雲間から光が迸り
神は砦の傾いだ旗に雷を落とす
これがお前の世界だと言わんばかりに







戦士は硬い大地に横たわる
地を淋漓と流れる水にまみれて
正しいことをしてきたわけでもないのに
その浸食に身を任せていたかった
ここにいることの理由が見つからないなら
その濁流に飲み込まれていたかった





雨は続く
丘を走る水は奔流へと姿を変える





戦士は体を起こした
息苦しかったために
ただ
それだけのために
水ではない空気が吸いたかった
ただ
それだけのために






瓦解した砦には
かつて命が住まっていた


神が示したこの世界は
恐らくこれからも
命が住まう世界だ






だから守ろうとした
この体をくれた両親を
だから守ろうとした
未来を託せる子供を
だから守ろうとした
技を遺してくれた師を
だから守ろうとした
貴重な時間を過ごした友を
だから守ろうとした
世界の広さを示してくれた猫を



その果てに
己はここにいる







今すべてを失ったことを知るために
己はここにいる
今すべてを失ったこの世界はまだ続いていることを知るために
己はここにいる








奔流はいよいよ牙を剥き
すべてを押し流そうとする

戦士はしかと立ち上がった
流されたくない
ただ
それだけのために


最後の砦はしかと立ち上がった
生きていたい
ただ
それだけのために





戦士は立ち上がる

何度でも
何度でも



最後の砦は立ち上がる

何度でも
何度でも



何度でも
何度でも


自由詩 最後の砦 Copyright 悠詩 2018-11-10 10:23:47
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