ラーメン奇譚
腰国改修

仕事先の街に早く着いたので、適当な店を物色して早めに昼を済ませようと考えて、駅ビルにある飲食店街を覗くと、ピークを避けようと早めに昼飯をと考えた人たちでなかなかの賑わいだった。

どうしたものかと考えていたら、外国人旅行客が騒がしくやって来た。人波というが、母国語を声高に話す彼らは大波どころか激流と言ってもよかった。あっという間にその人波に飲み込まれてしまった結果、気がつくと船酔いのような気分になり、吐き気と目眩がした。喧嘩を売り合っているような彼らの会話にいつの間にか店主が加わっていた。どうやら彼らごとラーメン屋に入っていたようだ。ラーメン屋と言うよりは志那ソバ屋とでもいう感じの昭和テイストの店内で、映画のセットか何かのパビリオンのような風情で、気分を落ち着かせることも兼ねてここで昼食を済ませようと決めた。

決めたのはよかったが、まだ店主と旅行客たちは侃々諤々やっている。大騒ぎどころか大乱闘で、時折店主が手を振りかざす。よく見ると左手の小指と薬指が欠損しているのが分かった。どうしたものかと思っていると、いつの間にか店員らしきみすぼらしい少年が目の前に立ち、右手でオッケーサインを示し、左手は五指を広げている。五百円を払えというジェスチャーだとなぜか分かった。同時に店内の壁に画鋲でメニューが貼られてあるのが目に入った。ラーメン五百円。それだけだった。

私は五百円玉を少年に手渡した。その時に気がついたが、少年の指も何本か欠損しているのが分かった。相変わらず大騒ぎは収まらず、これまたいつの間にか警察官が何人か加わっていた。

さっさとラーメンを食べて退散しようと思っていたら、先ほどの少年がラーメンを持って来て目の前にドンと置いた。よく、ドラマなどで運んで来たラーメン鉢のスープに親指が入っているというシーンがあるが、少年はそこまでがさつではなかった。何度か咳をしてみすぼらしさが幾分増したかのような少年は奥に消えた。

早速、ラーメンを食べようと見たところ、チャーシューでも焼豚でもないソーセージらしきものが入っていた。まさかと思ったが、箸で摘まもうとしたときに目眩がして、ごめん、ごめん、それ指だよという声が聞こえた。思わず叫んで席を立ち店から駆けだした。

無我夢中で走って振り向いたら駅は小さくなっていた。おかしいなとよく見ると、駅はジオラマだった。ジオラマの中の町の駅ビルの、さらにその中の飲食店街のあのラーメン屋にいたのは夢だったのかと思い、冷や汗をかいていることに気がついた。どうやら体調が悪くなっていたようだ。近くのベンチに腰かけると、目の前を何人かの警察官が通り過ぎた。何となく彼らの指先を見てしまった。けれども、なぜかはっきりと見ることが出来なかった。街の何処かから正午のサイレンが響くのが聞こえた。


散文(批評随筆小説等) ラーメン奇譚 Copyright 腰国改修 2018-11-07 06:57:56
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