約束の手形を握りしめて
こたきひろし

夜、娘が言った
明日は彼氏に会ってくる
父親は何も言わない 黙って聞いている
母親は
母親らしい言葉を口にした
帰りは遅くなるの
たぶん
と娘は曖昧な答えを口にした
父親は黙って聞きながら
父親らしい想像をした
でもそれはとても口にできない

あの日
それは父親がまだ父親でなかった頃
夫でさえなかった

あの日母親がまだ母親でなかった頃
妻でさえなかった

それは
彼氏と彼女
であった頃

彼氏は彼女の家に
直接、車で行った
彼女の母親は笑顔で出迎えてくれた
だけど
彼女の父親はたいへん気難しそうな人で
相変わらず
ウンでも
すん、でもなかった

だから彼氏は彼女の母親の方に言った
正直言った
嘘偽りなく
今夜、娘さんを私の部屋に泊めたいのですがいかがでしょうか?
すると彼女の母親は間を開けずに答えた
意味深な声で言った
けっこうですよ。結婚するんでしょうから。

それはけして破る事の出来ない約束手形を
突きつけられたようだった

父親は現実に引き戻された

そして父親は心のなかで叫んだ
娘よ
お前は約束手形の証だ
お前はお前できちんと約束手形を取ってこいよ

父親も母親も
まだ娘の男に会わせて貰っていなかった


自由詩 約束の手形を握りしめて Copyright こたきひろし 2018-11-06 00:20:22
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