しあわせな造物主
腰国改修

誰にも「言うな」とは言われたが、何処にも「書くな」とは言われてないので、ここに書いておくことにした。

博士がロボット工学を専攻していたのは知っていたが、どれほど有名だとか、詳しい研究分野とかは知らなかった。

博士とは昆虫採集の同好会で知り合ったが、その会ではあまりプライベートについては話さない。自己紹介程度のプライバシーの交換はしたので、その範囲内の知り合いだから、友人と言えるレベルではなかった。

それでも数カ月前、とうとう博士を思い切ってバーに誘った。快くOKの返事をもらったので、オフィス街の片隅にある古いけれど、お洒落な店を二人で訪れた。

カウンターで色々話をしたが、興味深かったのは、やはり博士が取り組んでいる研究内容だった。

子供の頃から昆虫が好きで、ある映画で見た昆虫型ロボットに魅せられ、いつか自分で昆虫型ロボットを作りたい、つまり自分で昆虫を生み出したいと思い、それを研究テーマに選んだという。

昆虫型ロボットを作り上げた後は?と、質問すると、横揺れ地震の前日に昆虫型ロボットの群れをある施設に侵入させるのだという。そのために地震予知の研究も進めて来て、今では震度4以上で半径六十キロ以内なら前日までに99%の確率で予知が的中するようになったらしい。直下型の縦揺れはどうなのか?と質問すると、博士は俯き加減に笑いながら、それでは意味がないと言った。また、縦揺れだと万が一…と言いかけたが言葉は繋がなかった。そんなものかと思ったが、後から思えば〈転がり出るには〉横揺れの方が好都合で確率もかなり高いだろうと想像できた…

ともあれ、私は核心について質問した。

昆虫型ロボットをある施設に侵入させる目的の施設とは?と、ダメもとで聞いてみた。すると博士はある伝説のベースボールプレイヤーの名前を口にした。なぜベースボールプレイヤー?という表情を博士に見せると、博士は目を一瞬しばたたくようにして、この仕草は恐らくチック症かなにかの一種で、博士の癖のようなもの、もちろんその癖を含めて博士の全てが愛おしい…、で、博士は笑いながら楽しそうに話始めた。

そのベースボールプレイヤーは、アメリカ国内で死後冷凍保存されているという。アメリカやロシアでは、いつか医療技術や科学技術が発達した未来、保存された人々を蘇生させることが出来るようになるまで預かって保管管理するというビジネスがある。その伝説の打者の頭部は冷凍保存されている。米露共通のことだが、頭部だけの保存と全身の保存では料金が異なるのだそうだ。まさに地獄の沙汰も金次第。

博士は続けて話す。実はこの都市にも保管施設があり、その施設に、博士の父親が保管されているという。父君はどんな人だったのか?とたずねると、安物買いの銭失い、つまり浪費家で、酒に溺れ暴力を振るう人だったと博士は遠くを見るような目で話した。

十代の終わりにはその父親とは離れて暮らし、その後は会うこともなかったという。博士の生まれた家庭は、一家の大黒柱こそそんな風だったが、その祖父より前の代で巨万の富を築いた家系だった。そういう環境を捨ててまでなぜと思ったが、その後に博士が涙を流しながら語ってくれた辛い過去を知って心底理解できた。なぜ、横揺れの地震なのか、なぜ昆虫型ロボットが三種類の目的遂行プログラムしか用意されていないかということも…

博士の肩を抱いてしばらく我々は静かにしていた。

地震予知の結果得られた当該日、地震発生予定は午後十一時二十九分、それに合わせてどこから見ても本物の昆虫としか思えない博士の虫たちの群れが施設を目指していた。彼らに与えられた三つのプログラムのうちの一つ『侵入』はその後、容易に行われて成功した。途中で、何体かは本物の虫と間違われて殺虫剤をかけられた。その瞬間は仰向けになって脚をばたつかせたり、腹ばいのままよろよろと本棚の下へ逃げ込んだりと殺虫剤が効いた振る舞いをするが、すぐ元通りになり、違うルートを進み出した。

二つ目のプログラム『解錠』は、まさに地震発生の数秒前に行われる。解錠は、冷凍保存室の鍵を開けるためではない。その証拠に虫たちはすでに保存室に入り待機している。解錠するのはたった一カ所、博士の父親の頭部が保存されているコインロッカーのようなボックスのドアの鍵だ。全身保存と頭部保存では料金が倍ほど違ったため、浪費家の割に妙なところで吝嗇な彼は躊躇いもなく斬首系(それが適切な表現かどうか分からないが)を選んだという。

博士は、今でも父親像を憎しみと恐怖の念で形成している。幼い頃から、理不尽に殴られ、蹴られ、ときには縛られたり、水に浸けられたりされ、十代になり第二次性徴の兆候を見せはじめたころ、鬼畜のような父親に犯された…

トラウマなどという言葉で済ませることではなかった。いつか復讐を、いつか自分が受けた以上の屈辱と恐怖を与えてやるのだと思いながら生きてきた。その念いを達成できる瞬間が迫っていた。

十一時二十八分。昆虫型ロボットの一台が解錠作業に取りかかった。電子式のロックであったが、超小型の工作機械を搭載したロボットは器用な職人のようにロック機構を攻略していく。解錠まであと二十秒、つまり地震発生まで二十秒、他の虫たちは一斉に第三のプログラムの準備段階に入った。

博士の復讐プログラムは、地震発生とほぼ同時に、父親の頭部が格納されたボックスのドアを解錠して開ける。開けたと同時に激しい横揺れで憎しみの対象物が転がり出して床に落ちる。そこに、待機していた虫たちが一斉に襲いかかり、第三のプログラムである「人体分解」を実行するというものだった。

やがて…

五、四、カチャ(解錠)、二、一

地震発生

一気に最初の強烈な横揺れが来て、ボックスのドアは激しく開き、同時に生きているかのような生首が転がり出した。

生首は、なぜか、生きていた…

目を開いて、何事が起きた?と叫んだ。首の切断面からは何本ものコードが出ていて、ボックスの奥につながっていた。

虫たちは、一斉に第三プログラムを実行した。

激しく揺れる室内で、物が倒れたり、雪崩れたりしている中、父親は断末魔の叫びを上げていた。人体分解は、昆虫型ロボットに仕込まれた化学物質を使って行われ、まるで昆虫が餌を食い尽くすかのようだった。


数日後、博士と二人であのバーで待ち合わせた。我々にとっての記念日であった。博士は言った。あの日、思い切ってあなたと話してみようと決断してよかった。直感というのか天の思し召しというか、この人は安らぎを与えてくれると確信した、と。

辛くて思い出したくない過去はもう終わりだ、これからは二人で楽しく生きていこう。我々は杯を掲げて見つめ合った。復讐劇は終わったのだ。

バーに備えられた大画面テレビでは、法律が改正され、国全体で同性婚が認められたというニュースが流れていた。

「博士、本当に嬉しいよ、僕らは幸せ者だよ」
「うん。僕もそう思う」と、博士は満面の笑みで答えた。

二人の足下を、虫の群れが通り過ぎた。そのあとをコロコロとボールのようなものが引きずられていた。

昆虫型ロボットにバグ。

アトランダムに三つのプログラムが行われるなどということは、幸せな造物主が知ることではなかった…


散文(批評随筆小説等) しあわせな造物主 Copyright 腰国改修 2018-11-03 12:56:59
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